工賃向上計画(工賃倍増計画)の部屋・・・実現ノウハウ  北海道から

 このページは、私・小松(フリーの経営コンサルタント)が、北海道保健福祉部障がい者保健福祉課から委嘱を受け、「障がい者授産施設等の工賃向上」を支援するために、考えてきたこと、お伝えしてきたことを整理して書いてみたものです。

 「計画」を作るだけでなく、それを実現するためのノウハウを綴っています(*≧▽≦)。(「計画」を作って終わり、ではあまり意味がありませんので・・・。)

 道のHPにアップしてもらおうと考えていましたし、北海道社会福祉協議会から製本して発刊されましたが、編集者のご判断で大幅に加除修正されましたので(>_<)、こちらにはオリジナルを残しておきます。
(北海道社会福祉協議会版で特に削除されたのは、冒頭の、「工賃向上」を目指す理念とか目的の部分です。確かに抽象論といえばそうなのですが・・・。)

 「記載例」をもとに、道で推奨している「工賃向上計画書」の書き方について述べた「第一部 策定の手引き」は、オリジナルに近い内容で北海道社会福祉協議会から公開されていますので(こちら)ここでは省略し、「第二部 実現へのノウハウ」の原稿を掲載します。
 ただし、写真・図版などはうまく貼り付けられないので省略します。

 (なお、文中で「施設」という言葉を多用していますが、これは執筆時に旧法施設が残っていたためですので、現在では「事業所」と置き換えた方がいいものです。)

 WORD版こちらです(こちらには写真・図版も掲載しています)
 事業所内部の研修などに使用していただいて結構です(*^o^*)/(資料番号などが空欄になっている部分があるのでご注意下さい。)

 27年度改訂版が、北海道社会福祉協議会のサイトにアップされております。
 こちらからダウンロードできます(ただし、PDFなので簡単に加工できません)。

 改訂版では、各章に架空の事例とその顛末を加え、理解の一助としました。

 なお、「工賃向上計画」とは、国(厚生労働省)の政策である「工賃倍増5ヵ年計画」を受け、北海道(保健福祉部福祉局障がい者保健福祉課)が対象事業所(主に就労継続支援B型事業所ですが、それ以外も含めて)に対して計画作成を支援してきたものです。(24年度から国の方針が少し変わりましたが(・_・;))
 他の都道府県では、国に従って「工賃倍増計画」と称していたことが多いようです。北海道の場合は、必ずしも2倍を目指さなくてもいいということで、「倍増」を「向上」に置き換え、「工賃向上計画」と称しています(厚生労働省でも、必ずしも「倍増」は目指さないということで、24年度からは「工賃向上計画」と称するようになりました。他の都道府県も同じく「工賃向上計画」としてきています。)

 北海道の方は、とりあえずは、こちらをご覧下さい(「様式」、「記載例」(記入例)、エクセルのシミュレーション用シート等が道から公表されています。)。

 「北海道働く障がい者応援プラン 第2章」はこちらです。

(なお、私個人は、「工賃向上」に関し、コンサルや講義のご依頼をお受けすることはできません。北海道社会福祉協議会障がい者就労支援センターにご相談ください。)

 

 

「工賃向上計画」

策定・実現ノウハウ集

 

第二部 実現へのノウハウ


 この「第二部」は、「工賃向上計画」(以下、「計画」といいます。)策定までの道筋の概略を述べた「第一部」に続いて、実際に、工賃を向上させてゆくための方法論を述べるものです。

 「計画」策定に当たっての具体的内容を検討するためのヒントとして、また、「計画」策定後にそれを実行してゆくための参考として、利用していただくことを意図しています。

平成19年度以降、中小企業診断士による支援を行った、8ヶ所の「工賃倍増推進モデル施設」及び「個別経営相談」に参加された多数の施設から得られたデータを元にしています。

 なお、今回とりあげた内容は、各分野のノウハウの導入部に過ぎませんので、詳細は各章の末尾に記した参考文献などで研究してください。

文中、執筆者の私見にわたる部分もあることをご承知下さい。

 

 

1.総論

 

(1)決意を固め、理念を整理する

 

()利用者側の視点

 あなたの施設(以下、新法による事業所なども含めて、「施設」と呼ぶこととします。)が、「工賃向上」を目指す目的は何でしょうか?

 「道や国の方針だから」、「利用者の一部が要望するから」などでしょうか?

 もし現状に比してはっきり高い工賃を目指すのであれば、それは必ずしも容易な道のりではなく、様々な難関が待ち受けることになると思われます。そのとき、困難を乗り越えるためには、当初から強く決意して、しっかりした目的意識を持つことです。

 また、「工賃向上」の取り組みに対して、例えば理事会から、あるいは現場から、あるいは外部から、反論や批判が湧き起こってくるかもしれません。「福祉切捨ての口実ではないか」「作業を厳しくして利用者の心身を損ねるのではないか」「福祉の仕事に従事する我々が、利潤追求の企業と同じことをするのか」等々です。

こうした批判に答えるためにも、信念を固め、それをしっかりした理念として整理しておくことです。

 

 「工賃向上」を目指す考え方はいろいろあって構わないわけですが、最終的には、利用者である障がい者の「自立」、という観点は特に重要だと思われます。

 では、「自立」とはどういうことでしょうか?

 

 そのヒントを、日本国憲法の中に探してみましょう。

 日本国憲法の根本的な理念は、「個人の尊重」であるとも言われます。関連する概念として、「人権」という表現もあります。個人を尊重するために、人権を保障する、という言い方もされます。

「個人の尊重」や「人権」をより具体化するために、次のような各条文があると考えられます。

 

第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 

 「生存権」を保障したと言われる第25条です。一般に、この条文は生活保護制度などの根拠として論じられることが多いのですが、賃金・工賃などによって最低生活を営むことを、国や自治体、さらにその意を受けた法人などが、支援していくことも含んでいると解釈できないでしょうか?

 

第22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

(2項略)

 

 この第22条は、「財産権」を保障した第29条と並んで、「経済的自由権」を保障したものと言われています。

 この経済的自由権は、実は「経済」の問題に限らず、「参政権」や、思想・良心の自由などの「精神的自由権」の保障を、実質的にサポートするものと考えられます。

 人間は、経済的に誰かに依存してしまうと、その言動や、さらには内心までも、不自由になってしまう可能性が高いからです。

 言い換えれば、個人がその人権を享受するためには、経済的にも自立していることが望ましいということになります。

(ちなみに、「居住、移転」の自由も、職がある地方に移住する自由という含意があると考えられます。)

 

第27条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。

(2項以下略)

 

 「勤労の権利」を保障したことも、賃金を得て経済的に自立することが、あらゆる人権の享有に資するからではないでしょうか。

 「勤労」を広く解釈すれば、作業によって工賃を得ることも含んでいると考えられるでしょう。

 

 以上を仮に執筆者なりに整理すると、「『個人の尊重』、『基本的人権の保障』として日本国憲法も目指している、“利用者の真の自立”を、我々も支援する。高い工賃を得ることは、そのこと自体が利用者の自立に資する。また、高い工賃を得るべく能力を高めてゆくことが、ひいては一般就労に道を開き、さらなる自立に結びつく。」といったところでしょうか。

 

 なお、憲法の他に、法律に関して言えば、社会福祉法に次のような条文があることも参考になります。

 

(福祉サービスの基本的理念)

第3条 福祉サービスは、個人の尊厳の保持を旨とし、その内容は、福祉サービスの利用者が心身ともに健やかに育成され、又はその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるように支援するものとして、良質かつ適切なものでなければならない。

 

(地域福祉の推進)

第4条 地域住民、社会福祉を目的とする事業を経営する者及び社会福祉に関する活動を行う者は、相互に協力し、福祉サービスを必要とする地域住民が地域社会を構成する一員として日常生活を営み、社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会が与えられるように、地域福祉の推進に努めなければならない。

 

()施設、職員の側の視点

 以上は、利用者の自立といった、利用者側の観点でしたが、「計画」の策定主体である法人あるいは施設、また、その職員の方々の側の観点もありえます。

 

 今後もし、利用者獲得のために施設間の競争が始まるとすれば、あなたの施設は、何を「売り」にするでしょうか?

いろいろありうるでしょうが、「高い工賃水準」も、大きな魅力の一つになると思われます。(少し付け加えるとすると、「当施設の作業は少々厳しいかもしれないが、高い能力を身に付けて一般就労にも結びつけるよう支援している」。)

施設の魅力をアピールできれば、中長期的には、職員の方々の名声や、待遇改善、仕事を通じた「自己実現」にも結びつくのではないでしょうか?

 

このように、職員の方々の「夢」「理想」として、高い目標工賃を掲げることもできます。

そのような「夢」「理想」は、法人の定款や運営方針からも導けるかもしれませんが、逆に、運営方針や事業計画に「工賃向上」を織り込んでしまえば、より確実に目標を共有化できます。

 

なお、利用者が確保され、また高い工賃が地元で消費されれば、施設が所在する地域の振興にも資する、という説明もありえるでしょう。

 

()組織を動かすには

 これをお読みの方の中には、そもそも、まだ「工賃向上」に取り組む旨の意思決定がされていない法人の方もおられるかもしれません。

 そのようなことを提案しても、なかなか受け入れられず苦労しているかもしれません。

 一般論ですが、組織として新たなテーマを提案して、それがすぐ受け入れられることは少ないということは言えます。1回や2回言っただけでは、組織は動かないと思っておいた方がいいでしょう。簡単に諦めずに、3回、4回・・・と繰り返し言ってみる必要はあります。

 また、前述のような理屈を整理し、「提案書」「上申書」「計画案」といった文書で提出すると、議題にしてもらえる可能性は高くなります。 

 

 それでも「工賃向上」というテーマが特に受け入れられない、ということであれば、次のようなネックの存在が想像できます。

 1つは、以前にもそのようなことに取り組んだが、失敗だった、という経験です。その場合は、失敗の原因を分析し、次は別の方法で臨む、という提案ができます。

 2つ目は、「工賃向上」というテーマ自体に対する誤解あるいは無理解です。自分自身は反対ではなくても、誰かから批判されること怖れているかもしれません。これに対しては、利用者の「自立」のため、法人の運営のため、といった合理的な目的があるということを明確に伝えてゆくことです。また、道内でも多数の施設で既に積極的な取り組みがされている例を挙げれば、不安を取り除いていけるでしょう。

 

(2)「計画」を作る理由

 

第一部でも述べましたが、「工賃向上計画」を作成すること自体が目的ではありません。目的は「工賃向上」であり、「計画」はあくまで手段です。

 ではなぜ、「計画」を策定することを、道は推奨しているのでしょうか?

 

 企業でも、行政でも、「計画」というものが数多く策定されていますが、これは、そのことが目的達成のための手段として有効であるからと考えられます。

 

まず、「計画」を作成し、周知しておくことで、組織としての方向性と、具体的にやるべきことを明確化できます。

もし「工賃向上」という目標を施設で共有化できたとしても、そのためにどのような手段をとるのか、誰が何をすべきかが不明確であれば、結局何もできなかったり、各自バラバラで非効率な取り組みになってしまうでしょう。 

 

「計画」の策定プロセス自体にも意味があることは、第一部で述べた通りです。

実際に「計画」を実行すべきメンバーが、策定する段階から参加していれば、真に実効性のある「計画」になりうるでしょう。

 

 また、計画というものは、進捗管理の役割を持ちます。

 私たちのほとんどは、日常業務に忙殺されています。また、来月までの仕事より今月中の仕事を、明日までの仕事より今日中の仕事を優先せざるを得ないことが普通です。このような状況では、例えば「5年かけて工賃倍増を目指す」などと目標を掲げても、そのための仕事にただ今取り組むことは、事実上困難でしょう。5年経ってみたら、結局何もやれてなかった、ということになります。

 そこで、例えば5ヵ年計画であれば、「5年後、どうなっていたいか」を考え、「そのためには、1年後は、2年後は・・・・どうなっているべきか」を考え、「そのために、1年目、2年目・・・のそれぞれに何をすべきか」を決め、さらにそれを四半期、各月、などの行動計画に落とし込みます。今月中、今週中にやるべきことがわかっていれば、取り組み易いと言えます。

 

 「計画」を作っても、どうせ計画通りにはならないから無意味、という反論も出てくるかもしれません。

 まず、「計画」自体が目的ではないのですから、状況が変われば「計画」も実現しなかったり、計画自体を変更することも当然ありえます。

 早い話が、物価水準や所得水準が変われば目標工賃も変わって然るべきでしょうし、例えば原材料が想定以上に値上がりしたりすれば目標の変更を迫られる場合もあるでしょう。産業構造や、利用者層の変化により、作業種自体を見直す場合もあるでしょう。

 

 また、情勢の変化はなくても、「計画」通りに行かないことも多いものです。

 だからといって、「計画」を策定したことが無意味になるわけではありません。

 「計画」と「結果」の差異を分析(「追及」ではなく、「分析」です。)し、それによって改める点が明らかになれば改めればいいわけです。また、それによって計画を修正したり、次期の計画を策定します。これを繰り返すことで、累積的なレベルの向上をも図っています。

(経営学では、「PDCA(Plan、Do、Check、Action)サイクル」という概念が多用されます。計画し、計画を実行し、その結果を分析し、次に活かす(次の計画を立てる)、という意味です。上場企業の多くは経営計画を策定していますが、このようなPDCAサイクルを回すことで、経営レベルを高め続ける(少なくともライバルに遅れをとらないようにする)ことを企図しています。)

 そもそもの「計画」がなければ、このような管理手法を行うことはできません。

 

(3)体制を整備する

 

 「計画」を単に作成しただけでは、紙の上のことに終わってしまいますし、スローガンのように掲げただけでは、ものごとはほとんど進まないでしょう。

 (2)で述べた通り、「誰が」計画を推進するか、具体的に決める必要があると考えられます。

 大きな施設でしたら、「工賃向上推進」専任の担当者を1名任命する、ということも考えられます。その人が仕事をする限り、その分は確実に進むでしょうし、責任も明確になります。一方、その人に任せておけばよい、ということになって、他の職員の方々が無関心になってしまうリスクがあります。また、その推進担当者が、他の職員に対してリーダーシップを発揮できなければ、実際は何も進まない可能性があります。「工賃向上」の取り組みは、施設のほとんどあらゆる部門を総動員して行わなければ、実効性のあるものにならないからです。

リーダーシップを発揮するためには、トップからの明確な意思の表明、人事・予算などでのバックアップも必要になるでしょう。

 一方、施設長級や、各部門リーダー格の職員等による「工賃向上委員会」等を作って、推進機関とすることも考えられます。特に大きな施設や、作業種が多い施設の場合、1人で管理するのは困難ですので、こういった方式の方が現実的でしょう。この場合、責任の所在が不明確になったり、日常業務の忙しさに紛れて委員会もあまり開催されず、結局何も進まなかった、ということになるリスクがあります。

「委員会は毎月第1・第3水曜日開催、全員必ず出席すること」といったことをルール化する、委員会から職員会議や役員会への定期報告を義務付ける、といったことが考えられます。

 

 仮に「委員会」で意思決定をするとしても、「工賃向上」は日常業務の中でも取り組まなければ進まないテーマです。日々の進捗のためには、業務をテーマ別に細分化して担当者を決める、あるいは各部門における推進者を決める必要があると考えられます。テーマ別とは、「全体管理・経営戦略班」「商品開発班」「作業改善班」「インターネットプロモーション班」といったものです(この場合、日常業務の分掌とは別に、得意分野・保有スキルを元に人選することも考えられます。)。部門別であれば、「菓子製造」「印刷」「営業」「総務」「生活指導」といったものです。

 これらの「班長(あるいはリーダー、推進者、チーフ等)」が「委員会」のメンバーにもなって、進捗状況を互いに確認し、また自分の担当に限らずアイデアを出し合う、という体制が現実的であると考えられます。当然、委員会開催時だけでなく、日々情報を共有することも重要です。

 委員会に権威を持たせ、また委員会の意思決定が法人の方針と乖離しないためには、委員会のメンバーに理事や施設長級を入れることも考えられます(ただし、役職者がリーダーシップを発揮しすぎたり、雄弁だったりすると、自由なアイデアが出なくなりますので留意が必要です。)。

 

(4)機運を醸成し、知恵を引き出す 

 

 仮に、上記のような「委員会」が順調に機能したとしても、そのメンバーの働きだけで本当に「工賃向上」が実現できるでしょうか。

 営利企業の場合、特に大企業であれば、経営理念、経営目標といったものを全社員に浸透させ、日々の仕事に反映させるために、様々な仕掛けを用意しているものです。大きな会社であればあるほど、経営中枢と社員の距離が遠く、また会社全体の経営と日々の仕事がイメージとしてつながりにくいからです。そこでは、「全員参加」といったスローガンの下に、様々な「活動」、研修、表彰制度、社内報、標語募集・・・等々の手段が使われます。

 福祉の施設においても、「工賃向上」に限らず、野心的なテーマを掲げて本当に実現しようとするのであれば、職員の方々に意識を共有してもらう仕掛けが重要と考えられます。

 

 前述のように、「夢」や「理想」を掲げ、それを法人の運営方針や事業計画に明記するのも一方です。

委員会活動も、活発であればそれ自体がアピール効果を持ちます。

 職員会議、あるいは日々の朝礼、終礼などで何度も繰り返し周知することも必要でしょう。

 

 さらに、多くの一流企業が、機運を醸成し、社員の知恵を引き出すための仕掛けとして運用してきたのが、「改善提案(報告)制度」です。ほとんどコストもかからず、強制にわたらない限り社員にとってもデメリットが少なく(むしろ個人的にもメリットが多く)、経営に資する効果が大きいため、広く普及しています。

 「改善」については後述しますが、「工賃向上」といったテーマに取り組む上でも、「改善意識」を醸成し、「業務改善」の考え方を習得することは、基本になります。そのための仕組みの1つが

改善提案(報告)制度です。

 仕事を改善するために、考えたことを、組織に対して提起するのが「提案」であり、自分の業務などであって既に改善に着手したものを報告するのが「報告」です。「提案制度」として普及したものは本来は主に前者でしたが、それでは件数が限られるので、「報告」も認めた方が適当でしょう。そこで、今回は「改善提案(報告)制度」としました。

 ( )ページの資料( )は、その様式例と、記載例です。記載例に、この制度の趣旨と運用例を記入していますのでお読み下さい。

 直接的なメリットは業務自体が改善されることですが、本当の目的は、前述のように意識の高揚等ですので、ある程度「数」が出ること、特定の人だけでなく、「全員」が考えることが重要です。

よって、テーマは自由とし、また、「小さなこと、一見つまらないことでも可」であることを何回も周知した方がいいでしょう(有効なキャッチフレーズは、「質より量」です。)。役員、管理職は、率先して提案(報告)して、そのことを積極的にアナウンスします。役員、管理職からの報告は、あまり立派なものではない方が、他の方も出しやすくなるものと思われます。「発表」「表彰」「改善提案強化週間(月間)」といった仕掛けは、動機付けのために有効です。

また、ある程度ノルマ化(例;毎月、最低でも、施設長7件、課長級5件、その他一般職員3件、パート職員2件、可能な利用者1件)しないと、軌道に乗るまで時間がかかるかもしれません。

いずれにせよ大事なのは改善意識が定着するまで諦めないことです(定着するころには強い組織になっています。)。

 紙に書いて報告する、ということに慣れるまではハードルが高いと感じる方も多いでしょうから、始めのうちは、口頭での提案を受けて管理職や担当者が代筆してもいいでしょう。

 

次に、改善提案(報告)の例を挙げてみます。

(改善済みの「報告」の例)

・作業場所が少し暗いので、壁面にアルミホイルを貼って照明が反射するようにした。(効果)利用者の環境改善 → 作業効率の向上、ミスの低下

・手作業で計算していた○○の集計作業を、Excelで作業することとした。(効果)作業時間40%短縮、ミス低下、計算過程が残ることで検証が容易に

・朝礼での話が長すぎると指摘されたので、事前に要点を整理し、3分以内に終わるよう心がけるようにした(施設長)。(効果)時間短縮1日2分×250日×職員数20人×平均賃金1,000円/時=約17万円/年

・総会、理事会の配布資料は郵送をやめ電子メール送信にした。(効果)1~2日早く資料に目を通せる。郵送料金、コピー代、封筒詰め事務等の削減。

(「提案」の例)

・給与計算ソフトの導入。(効果)ミスの低下、時間短縮月5時間×12月×平均賃金1,000円/時=6万円/年(ソフト購入費4万円)

・夏場の晴天時の屋外作業は、帽子着用を原則義務化する。(効果)熱中症の予防、安全衛生意識の高揚

・勤務時間中の喫煙禁止。(効果)喫煙室を廃止して作業場に使える。勤務中の喫煙による労働時間ロス10分/日×250日×喫煙者10名×平均賃金1,000円/時=約40万円/年

・女子職員による朝のお茶くみを廃止し、セルフサービスにする。(効果)男女雇用機会均等意識の向上、給茶業務による労働時間ロス15分/日×250日×2名×平均賃金1,000円/時=約12万円/年

・札幌出張は原則日帰りとする。ただし、出発時間が8時前であり、帰宅時間が21時以降になる場合は、特別日当3千円を支給する。(効果)(宿泊料-特別日当)4千円×年20回=8万円/年。移動日(半日)の労働時間ロス0.5日×年20回×平均日給1万円=10万円/年。

・酒気帯び運転、虐待、セクハラ・パワハラは事実が確定すれば1回で懲戒解雇できるよう、就業規則を改正して明記する。(効果)法人として本気で防止に取り組んでいる旨を周知できる。

・道内の、特に高い工賃を支払っている施設への見学を行う。(効果)ノウハウを習得する、工賃向上への意欲が高揚する。

・納品書と請求書を兼ねる。(効果)事務コストの削減

 

 「改善提案制度」等は、1人でも自由に提出できるものですが、一方、数人のグループなど集団で、テーマを決めて改善活動を行う、「小集団活動」等と呼ばれるものもあります。その代表として「QC活動(サークル)」という名称が普及していた時代もありますが、現在では名称は組織によって様々です。

 「QC」は「品質管理」の英語の略であり、もともとは不良品の出荷の防止や、生産工程における不良品発生の低減を目的にしていたものですが、その後、様々なテーマが採りあげられるようになりました。

 一般的には、そのメンバーが属する職場で、特に重要な課題について、テーマを決めて、メンバーで現状分析し、改善策を検討し、可能な範囲で試行し、その成果をまた分析する、といったプロセスを踏みます。こちらも、全社的に「発表会」「表彰」を行うといった仕掛けが用意されています。

 例として、次のようなテーマが考えられます。

・下肢障がい利用者の移動のために施設を改良

・視覚障がい利用者のための作業の研究

・○○作業での不良品発生率30%低減

・○○店における接客マナーの向上

・利用者の健康管理による出勤率の向上

・印刷業務集中時の納期短縮

・○○課における決裁文書の電子化

 なお、前記の「委員会活動」が活性化すれば、こうした小集団活動の趣旨も満たすことができます(ただし、テーマは機動的に、柔軟に設定できる必要があります。)。

 

 大企業、特に一流と呼ばれる企業は、名称は様々ですが、このような改善提案制度、小集団活動に類するものが盛んです。一流企業は、当然、一流の人材を保有しているわけですが、必ずしも一流の人間を採用しているからというわけではありません。このように、仕事の中で、あるいは仕事に関連して、頭を使って考える、考えたことを議論する、提案する、といったことを、入社時からしつこく教育しているわけです。

 一人ひとりがそれを習慣化すれば、組織は当然のようにレベルの高いものになります(もっとも、一流企業同士の競争は同レベルの人材による競争ですから、簡単に勝てるわけではありません)。逆に、このように知恵を引き出す仕掛けのない組織は、それだけ遅れをとることになります。

 

(5)コミュニケーションを良くする

 

 体制を整備し、機運を醸成するための仕掛けを用意したとしても、なかなかに進捗しないとしたら、そもそもの職場の体質に問題がある可能性があります。

 意見があっても、それを言いにくい雰囲気があるかもしれません。情報がなかなか共有されないのかもしれません。

 「工賃向上」のような意欲的なテーマに取り組むには、職員の方々の間の意思疎通、情報共有が前提になりますので、コミュニケーションのよい職場を作ることが決定的に重要です。

 特に、職制が多段階あるような組織であれば、コミュニケーションが悪いと、現場の情報がトップに上がってきにくくなります(そのため、大企業では、経営陣が現場のリアルな情報を得るため、いろいろ苦心しています。トップが抜き打ちで現場パトロールしたり、若手社員と懇談会を行ったりするのはそのためと考えられます。)

 また、職場のコミュニケーションが悪いと、それは様々な問題の温床にもなります。「工賃向上」以前の問題ですが、虐待、セクハラ・パワハラ、メンタルヘルス問題、使い込み、等々の問題は、コミュニケーションの悪さが大きな要因の1つになります。コミュニケーションが悪いと、まずこうした問題が発生しやすいですし、しかも早期発見しにくいので深刻化しがちです。このような状況では、「工賃向上」等の前向きのテーマに取り組むどころではないでしょう。

 

 職場のコミュニケーションをよくする方法についてはいろいろあります。

前述のような会議、委員会、あるいは朝礼といった場において、人前で話すことが苦手な人、謙虚すぎて自分の意見を言わない人にも、穏やかにですが、発言を促すことが考えられます(そうでないと、いわゆる「声の大きい人」が会議を主導してしまう結果になりかねません。)。

また、会議の場に限らず、日常的なコミュニケーションにおいても、最も重要なことは、上司などが、「聴く」姿勢を持つことではないでしょうか。

 一般に、上司はその地位に基づく権威がありますし、部下より知識や言語能力でも勝っている場合が多いことから、部下は言いたいことを言えないことが多いものです。上司が多弁であったり、意図的に権威的な姿勢をとっていればなおさらでしょう。

自分はいつでも部下の意見は聞く、というつもりでいても、実際には意見が上がってこないことになります。

 職員から意見が頻出したら混乱するので、職員があまり意見を言わない方が組織として効率がいい、という考え方もありえますが、一方、

・「面従腹背」的な行動を生む

・悪い情報が上がってこない(よって、早期対応ができない)

・考える機運が情勢されない

という重大なデメリットがあります。中長期的に考えれば、デメリットの方が大きいと言えましょう。

 

 「工賃向上」は「知恵の闘い」と言ってもいい活動ですので、上司等が徹底的に「聴く」姿勢を身に付け、部下の不満を吸い上げ、アイデアを収集することが基本になります。

 「聴く」姿勢を習得するとは、具体的には、

・部下の発言内容を組織として受け容れることができなくても、すぐに否定したりせず、最後まで辛抱強く聴く

・特に多弁な上司は、自分が話している時間が相手より長くないか留意する

・真剣に聴く、適宜うなづく、適宜応答する

といったことです。

「聴く」ことには、このように、忍耐力、自省力が求められます。忙しいとき、自分の機嫌が悪いときでも、この姿勢を保つことも必要になります。

 

 特にあなたが施設長級や管理職員であれば、あなたが本当に部下の話を「聴く」ことができるようになることによって、組織にとって大きなメリットがあるでしょう。

(ただし、部下の意見を聞くことは、言いなりになることでもありません。現場の意見をよくよく聞いた上で、それでも法人・施設としてその意見と異なる意思決定をせざるを得ない場合は、それが優先するのは当然です。法人・施設としての意思決定であれば、履行期限つきの業務命令を発し、最終的には人事権を行使してでもそれを遂行するのは管理者の役割です。

 また、法人・施設としての指示に対し、現場から反対意見が出たときこそ、互いの認識をすり合わせ、かつ思考のレベルを高める絶好のチャンスですから、簡単に指示を撤回したり曖昧にしたりにするのは非常にもったいないことです。)

 

 他に、職員の方々に対しても、「相談窓口」を設けるといったことが考えられます。大きな組織では、直属の上司などには言いにくいことでも、中立的・専門的な立場から相談を受けるために、「セクハラ相談窓口」や「カウンセリング室」を設けるようになってきています。

 

(6)「見える化」する

 

「見える化」は、近年、経営学の世界でよく言及されるキーワードです。数字や概念にはあまり反応しない人間でも、視覚化されると強く印象付けられる、結果として行動を起こす、といったことです。

特に、会計数字などの計算上の概念、稀にしか起こらないリスクなどは、ほとんどの人は実感できないものです。これをしっかり意識づけするためには、「見える」ようにする工夫が必要です。

例えば、過去に不良品の返品が山となったときの写真を、常に貼り出して置けば、品質管理が動機づけられるのではないか、といったことを考えます。

 

資料編(  )ページの資料( )は、商品カテゴリ別(あるいは、顧客別、販路別など)のデータを、Excelのグラフ機能を使ってグラフ化したものです。

売上高から、変動費(売上に応じて増加するコスト。原材料費、包装費、運送費などが典型的な変動費)を引いたものを「限界利益」といいます。この限界利益が大きいほど、経営に貢献していると言えます。この施設の場合、売上高だけで判断すると、カテゴリAの商品が貢献しているように思いますが、粗利益や限界利益で見ると、カテゴリBの方が貢献していることが判明します。こうしたことは、数字だけ見ているとわかりにくいこともありますが、グラフ化すれば一目瞭然です。これを見せれば、「Bに係る営業活動をより強化する」といった提案が説得力を持ちます(なお、このように限界利益といった概念を用いて、経営上の意思決定をしてゆくものを、意思決定会計と呼びます。一般に、もし限界利益がマイナスの商品があれば、それは廃止すべきと考えます。A事業とB事業の一方のみを採用するような場合、限界利益が、より高いほうを採用すると決定します)。

 

続く資料( )は、売上高、粗利益、工賃支払前収支、工賃等の推移を同じくExcelのグラフ機能によりグラフ化したものです。工賃向上計画が目指す目標に、月々どれだけ近づいているか、明らかになります。これを配布したり、掲示したり、会議の資料にすることによって、利用者の方々、職員の方々を動機付けることができます。中長期的な推移を見るには、四半期ごと、年度ごとのデータを使用します。

(なお、このグラフでは差異は計算していませんが、月々のデータを分析する場合、「対目標値」「対前月比」「対前年同月比」の3つの差異を算出できます。対前年同月比は、季節変動のある事業に特に意味を持ちます。これを今後に活かします。

 例えば、ある月の粗利益が前月より少なかった場合、①売上高が少なかった。②粗利益率が低かった。の2つの要因が考えられます。いずれであるかによって、考えられる原因や、今後に向けての対策が変わってきます。もし②であったとすれば、「売上を上げるために値引き販売したことが、結果として経営上マイナスになった。今後は、値引き販売には慎重になるべき。」あるいは、「利幅の高い商品があまり売れなかった。今後は、利幅の高い商品を、目立ちやすい場所に陳列し、商品説明を付したPOPを付ける。また、ホームページ上で目玉商品としてPRする。」といった分析及び対策ができます。)

 

(7)地域とつながる

 

 道でも、「脱・自己完結型」ということを提案していますが、特に「工賃向上」といったテーマを進めていく上では、施設の中だけ、あるいは福祉関係者だけでなく、広く地域と関係を持ってゆくことが重要になります。

 もし後述のようなマーケティング戦略において、「地元の住民(企業)」を主な顧客層として定めるのであれば、ただ営業活動をすればいいというものではなく、日常から地域とつながってゆく必要があることは当然です。もし商品を全国に出荷するので地元とはあまり関係ないとしても、生産活動もまた地域との関係が重要になります(営利企業であっても、永続して事業を行っていくために、地域社会に愛されるよう努力していることはご存知かと思います。)。

 地元の企業などとつながりを持てば、「工賃向上」に資する経営ノウハウといったものを学べる可能性があります。

 施設自体が地域との関係を良くしておけば、様々なトラブルを回避できたり、深刻化しないで済むこともあります。

 

 地域とつながるために最大のネックになるのは、「心の壁」の存在ではないでしょうか。

 「一般住民は、障がい者に理解がない」「企業は利潤追求だから福祉の仕事をしている我々とは一緒には仕事できない」「行政は現場を知らないで指導するだけ」等々、施設の職員の方々が思ってしまっているかもしれません。何回か不愉快な経験をしたり、そのような事例を聞いたりすると、全てがそうだと思い込んでしまい勝ちです(特に、「企業は利潤追求」などと観念的に決めつけてしまうことも多いですが、現実には、企業といえども単純な利潤追求原理だけで経営しているわけではありません。むしろ経営者の理念や好みが経営に強く反映されます。また、永続的に事業を行っている企業の活動は、社会貢献的要素を多分に含んでいます。)。

 社会の側に、障がい者への理解不足などが存在するのは事実かもしれませんが(それも、偏見とか差別というよりは、単なる認識不足の結果や、言葉に無頓着であることから出た発言であることが多いものです。)、そのこと自体をすぐに変えることはできませんから、意識を変えるとすれば、まず施設の側から変わる必要があります。

 個人的には割り切れない思いが残る職員の方もおられるかもしれません。しかしながら、「利用者の自立」という観点からは、いずれ地域に対してアプローチしていく必要があることはご理解いただけるでしょう。

 

 では、具体的には何をすべきでしょうか。

 営利企業においては、建設業者が清掃活動したり、商店街が防犯パトロールをしたり、あるいはもっとパフォーマンス的な活動が行われています。住民も、それがパフォーマンスであると認識したとしても、やはり良い印象を持つでしょうし、そのことは結果としてビジネスに好影響をもたらします。

 可能な範囲で、このようなことを考えてみる価値はあります。利用者の方々にとっても、わかりやすい「社会とのつながり」になると思われます。

 

 さらに「工賃向上」に直接関係することと言えば、地域のイベント(それも福祉がテーマではないもの)に積極的に出店することが挙げられます。売れればそのこと自体が工賃に結びつきますし、売れなくても、データを取ることができます。

 ただ出店するだけでなく、主催者側の一員として裏方の仕事を手伝えば、地域や企業との関係を作る良いきっかけになります。

 

 商工会・商工会議所などの会員になることも有効な手段です(社会福祉法人やNPO法人でも会員になれます。)。会員になれば、経営相談員などを利用することもできますし、経済産業省系の支援制度を利用したり、取引先を探すときに便宜を図ってもらうこともできます。商工会・商工会議所の他にも、地域の企業・経営者等が集まった団体がいくつかあります。商店街であれば、商店街振興組合、商店会、料飲店会といったものがあります。

ただ会員になるだけでは効果は薄いかもしれませんが、会議や研修会に出席したり、産業振興イベントの開催にタッチしたりすれば、経済界との信頼関係ができてゆくでしょう(そのことは、「工賃向上」ばかりでなく、一般就労の推進にも資すると思われます。)。

 

 行政とのつながりという点では、例えば市役所のロビーで移動販売を認めてもらっているケースがあります。「優先発注」で契約できる可能性もあります。

 市町村も多くは財政が厳しいので補助金などを要望してもなかなか通らないと思われますが、予算のかからない支援であれば、繰り返し頼みに行けば、認められる可能性は高いと考えられます。

 

 その他、町内会、学校、趣味のサークル等々、つながってゆきたい相手があります。

これら組織へのアプローチの方法として、いきなり挨拶に行ってもいいわけですが、職員・理事の個人のつながりの活用、民生委員を通した紹介なども考えられます。

 

(8)「工賃向上」と利用者

 

 「工賃向上」と、利用者の方々との関係は、どう考えるべきでしょうか。

 「なんとしても工賃を上げて欲しい。そのためには、作業がきつくなっても、慣れない作業に異動しても構わない」という方から、工賃に全く関心を示さない方まで、おられるかもしれません。

 生活保護を受給されている方や、保護者と家計を同じくしている方は、工賃がアップしても可処分所得の変化はあまり意識されないかもしれません(ただし、生活保護にも所得控除の制度がありますので、工賃が上がった分だけ扶助費が減額されるわけではありません。この点に疑問がありましたら、担当者に説明を受けてください。)。

 考え方はいろいろあって当然ですので、「工賃向上」に反応しない方を無理に巻き込む必要はないでしょう。

 とは言え、「上がるのあれば上がった方がいい」ということについては、大部分の方が一致するのではないかと思います。

 

 それを前提にしますと、「工賃向上」の立場から重要なことは、法人・施設の意思として「どうすれば工賃が上がるか」を、明確に伝えることです。

 一人一人の工賃に差をつけているのであれば、どうすればその人の工賃が上がるかについて、また、全員一律の工賃(時給)としているのであれば、どうなれば施設全体で工賃単価を上げていくことができるかについて、具体的に伝える必要があります。

 

 出勤率が上がれば工賃総額が上がるのは当然理解されているとして、工賃の時給単価を上げていくにはどうしたらいいか、説明するものとします。

 本質的には、作業の付加価値が、工賃になるはずです。この点では、労働の付加価値が賃金になるカラクリと同じです。そのことを理解していただく必要があります。もし一般就労を目指しているなら、それを意識することが自立への前提になるでしょう。

 では付加価値を上げるにはどうしたらいいでしょうか。

まず、同じ作業であれば、1時間当たりの量を増やすことです(施設側の責任として、仕事を確保することが前提になりますが)。

 また、より価値の高い作業を身に付けることです。一般に、社会では、できる人の少ない難しい仕事ほど、高い価値を与えられます。この観点からは、より難しい作業をマスターすることが、工賃アップの条件である、という説明になります(この点に関して、施設側としても、その方の潜在能力をフル活用し、少しでも付加価値の高い作業に配属できるように努力することを伝えます。)。

 加えて、職場全体の生産性を上げるのに貢献することです。グループのリーダー的な役割をする人や、柔軟にいろいろな仕事をできるようになって、繁閑の差や、欠員の代替に対応できる人(「多能工化」)には、高い工賃を支払える、ということになります(逆に、当日欠勤・遅刻が多いとか、よくトラブルを起こす人は、職場全体の生産性を下げている、ということになります。)。

 

 工賃に差をつけるかどうか、自体は考え方の問題です。思想の問題と言ってもいいかもしれません。しかしながら、もし「工賃向上」に取り組むのであれば、それぞれの法人・施設としての考え方を、一度再確認してみる必要はあるでしょう。

 もし、利用者の能力や意欲によって差をつけていくとすれば、その評価基準が問題になります。労働者の人事考課も、正解のない、難しい問題です。日本の高度成長時には、労働者の「能力」に焦点を当てる「職能資格制度」がスタンダードでしたが、90年代には「成果」を評価する「成果主義」がもてはやされました。ところがその後、成果主義の問題点が明らかになってきて、現在は試行錯誤の段階です。成果主義の問題点は、やはり「成果」の測定自体が難しいということと、偏狭な個人主義や短絡的な結果主義に陥るリスクでした。かといって、昔ながらの年功型賃金に戻るべきだと考えられているわけでもありません。

相対的に妥当性があるのは、「能力」、ただし、協調性とか自発性、あるいは学習意欲、また改善意欲といった、情意面も含んだ、多面的な能力を評価することではないかと思われます。

 いずれにせよ、「工賃向上」の立場からは、工賃決定の基準や、評価の結果、及び評価をよくするためにはどう改善したらよいか、などをご本人(あるいは保護者の方)に明確にフィードバックできなければ、差をつけてもあまり意味がないということは言えます(なお、このことは、職員の方々の給与についても同様です。)。

 

 もちろん、工賃という見えやすいものだけが利用者の方々を動機づけるわけでもありません。

 工賃自体には関心を示さない人でも、「高い付加価値を上げることは、それだけ社会に貢献していることである」と理解できれば、そのこと自体が励みになると思われます。狭い施設の中だけで作業しているとしても、作業を通じて社会とつながっている、という意識をもてれば、それも自己実現の一つかもしれません。

 表彰制度など、お金以外の褒賞もインセンティブになるでしょう。

 

《この章の参考文献》(太字は特にお奨めするものです。)

働く幸せ』(大山泰弘、WAVE出版)

仕事がどんどんうまくいく「カイゼン」の教科書』(吉原靖彦、中経出版)

『続 てっとり早い改善ノウハウ』(東澤文二、日刊工業新聞社)

プロカウンセラーの聞く技術』(東山紘久、創元社)

見える化』(遠藤功、東洋経済新報社)

『現場力を鍛える』(遠藤功、東洋経済新報社)

『データを「見える化」するExcelグラフ大事典』(寺田裕司、シーアンドアール研究所)

 

 

2.全体の戦略

 

(1)事業の選択

 

 第一部で述べた通り、施設全体として工賃向上を図るには、「利用者1人当たりの工賃支払前収支」(ここでは「収益性」と言います。)を高めてゆくことになりますが、その方法として、

①より収益性の高い新事業を立ち上げる

②既存事業のうち、収益性の高い事業のウェイトを高める

③既存事業を改善して収益性を高める

といった選択肢がありえます。

 ①のように新事業を立ち上げた後、既存事業をどうするかも検討することになります。

 「記載例」の施設では、収益性が高い菓子製造事業のウェイトを高めてゆくこと(②)、それ以外の作業も収益性を改善してゆくこと(③)を目指しています。

 

 これらの選択に当たって、どのように考え、判断していけばよいでしょうか。

 簡単に答えが出る問題ではありませんが、次のように考えてゆくことができます。

 

 まず、新事業を立ち上げることはリスクが高いことから、既存事業のうち収益性の高い事業のウェイトを可能な限り高めてゆくこと、あるいは既存事業を可能な限り改善してゆくことから始める、という考え方があります。

 その上で、やはり目標工賃を支払えるようになるのは難しいと判断すれば、新事業を検討することになります。

(なお、このような意思決定のためにも、事業ごとの収支を把握することは最低限必要です。

 また、商品カテゴリ別、顧客別、販路別、季節別、商品別などの収支が把握できれば、より適切な意思決定が可能になります。)

 

 また、時間軸の視点として、時代の変化というものを考える必要もあります。

 既存事業がずっと昔からあるものでしたら、工賃を稼ぐ手段としては、時代に合わなくなっている可能性があります。何十年も漫然と同じ事業を行ってきているのであれば、その妥当性をよく再検討してみるべきでしょう。

昔は人手で行っていた作業も、機械化されたり、人件費が低い国からの輸入品に駆逐されたりしてきました。

 例えば、家庭や中小企業にまで当然のようにパソコンやプリンターが普及した結果として、印刷業のニーズは減少してしまいました。

 

 施設側の変化としても、利用者の方々の能力や意向が昔と変わってきている可能性があります。

例えば訓練によりパソコン操作が可能になる、電話対応ができるといった利用者がいるなら、それを活かすことは、「工賃向上」の立場からも、一般就労につなげるという意味でも、当然考えられることです。社会全体がサービス産業化情報化している以上、それに対応できる能力があればそれを活かすことは当然ですし、自己実現の手段、自立への近道ということになります。逆に、昔からの作業を漫然と継続しているのであれば、利用者の方々の自立を損ねている可能性があります。

新法への移行により、今までの障がい類型と異なる利用者の方を受け入れていくこともあるでしょうし、今後、社会全体として「障がい者」の定義が広がっていくことも十分予想されます(例えば、「発達障害」や「パーソナリティ障害」が社会的に注目されるようになってきています。)。

設備が老朽化してきていたり、現在の設備より生産性が低かったりするかもしれません(例として、印刷業の製版技術などは、過去20年ほどで大きく向上しています。)。高価な設備に買い換えてまで存続する事業ではなくなっている可能性があります。

 

今後の社会経済の変化というもの(例えば、少子高齢化、過疎地のさらなる過疎化、単身世帯の増加、女性の社会進出、インターネットの普及、情報媒体の電子化、国際化・・・等)も考慮に入れる必要があります。

 

(2)新事業の検討 

 

 仮に、「新事業を立ち上げる方向で検討する」と意思決定した場合、どのような「新事業」を立ち上げるか検討することになりますが、その場合、次のようなことを考慮します。

 

()既存事業との関係

 企業が「多角化」する場合なども、既存事業との関係がよく検討されます。

一般論ですが、既存事業と関係が深いほど、リスクは少ないと考えられます(一方、「リスクの分散」という意味では弱いとも言えます。)。

 既存事業と関係性を持たせる場合、「生産面」や「販売面」を考えます。

 「生産面」とは、既存事業の設備や、材料や、人材を新事業に流用(あるいは共用)できないか考えることです。例えば、印刷事業のためにパソコンでデザインできる利用者が存在するなら、ホームページ作成などの「デジタルコンテンツ制作」事業に進出できないか、あるいは、パンの製造設備を利用して菓子類を製造できないか、また、農業を行っているなら野菜ジュース製造も行なえないか、といったことです。

 「販売面」とは、既存事業と同じ顧客や、同じ販売ルートを活用できないか等を考えることです。例えば、印刷業の顧客である企業に、デジタルコンテンツ作成サービスを提供できないか、現在パン販売を行っているなら、パンの顧客に併せて販売できるものはないか、といったことを考えます。

 

()時代の変化

 新事業の検討に当たっても、当然、時代の変化、特に未来に向けての変化を考慮する必要があります。例えば、顧客側の変化としては、少子化・単身世帯化→ペット需要増→ペットフード製造事業。あるいは、高齢化・単身世帯化、及び商店街の空洞化→弁当製造兼配達事業、といったことです。また、施設側・利用者側の変化、産業技術の変化といったものについては、前述の通りです。

 

()顧客ニーズ

 「顧客」は誰か、「ニーズ」はあるか、といった視点です。詳細はマーケティングの章で述べます。この視点が欠けていると、大きな失敗をする可能性が高くなります。

 

()競争状態

 その「新事業」の、ライバルは誰か、競争に勝ち抜く優位性はあるか、といった視点です。

 事業として成り立つものであれば、常にライバルはいるでしょうし、仮に地元にライバルがないとしても、いつ進出してくるかわかりません。

 障がい者の施設も、一般営利企業も、同じ事業を行えばライバルです。

 まず、誰がライバルになるのか、想定しましょう。地元住民を顧客とする事業であれば、地域の中にライバルがいるわけですし、モノを製造してどこにでも出荷する事業であれば、同じあるいは類似するモノを作っている事業者全てがライバルであり、場所は問わないことになります。

 ライバルとの競争に敗北しないためには、次に述べます「経営資源」の中に、競争上の「強み」、「優位性」があることが望まれます。

 そもそも、「競争を回避する」といった視点も必要になることがあります。

 飲食、物販など地元の人を対象にする事業の場合、障がい者の施設同士で顧客を奪い合うことになる可能性もあります。そのことの妥当性から慎重に検討することになります。

 一般営利企業との競争という点では、最低賃金を大きく下回る工賃というのは優位性になりますが、「工賃向上」すればするほどその優位性を失うというジレンマがあります。よって、商品開発力、生産性といった経営面において、一般企業に追いつき、追い越そうとする努力が求められます。

 

()経営資源

 必要な人材、設備、技術、資金、材料、情報などを確保できるか、といった視点です。

 人材という面では、今後どのような利用者を募集し、どのように訓練し、またどのような職員を採用していくか、といった組織の中長期的な方針との整合性も問題になります。逆に、「工賃向上」が組織として本当に大事なテーマであれば、それに沿った人材を集める、という大方針を明確化すべきでしょう。

大きな設備投資を必要とするものであれば、補助金などの利用可能性も検討されます。インターネット上で中古品などを探すこともできます。

 一般に、事業がすぐに軌道に乗るとは考えにくいことから、運転資金は多めに用意することが望まれます。

 

(ⅵ)連携・共同の観点

 他の施設と連携あるいは共同(協働)することで、互いにより高い付加価値を生み出せないかといった視点です。例えば、印刷事業とIT事業の連携、農業と農産加工の連携、商店街に共同で店舗を構える、といったことです。

 

 「記載例」には、「喫茶店事業」「デジタルコンテンツ制作事業」新規立ち上げにかかる検討の例を掲載していますので、このような観点を頭に入れた上でお読み下さい。

 

 新事業の立ち上げには一般に大きなリスクが伴い、また上記のように様々な視点を要することから、理事会や職員会議とは別に「新事業検討委員会」などを立ち上げ、多角的に検討することが望まれます。

 委員会のメンバーとして、利用者、職員、理事など「身内」だけでなく、保護者、地元住民、経済界、行政などを加えることで、大きな失敗のリスクを減少させてゆけると考えられます。

 

また、継続的に工賃を支払っていけるかどうか、営利企業と同じ観点で収支予測を行います(次の参考文献を参考にしてください。)。

 

《この章の参考文献》

『これ一冊でできるわかる 事業計画書の作り方 CD-ROM付』(渡邉卓、あさ出版)

『創業の手引き』(日本政策金融公庫)

http://www.k.jfc.go.jp/download/shinkikaigyo_101025.pdf

 

 

3.マーケティングの考え方と手法

 

(1)マーケティングとは

 

 昨今、マーケティングに係るビジネス書が話題になっているようです。また、「社会的マーケティング」といったことが言われ、社会福祉事業や行政も「マーケティング」を実践しなければならない、といったことが主張されているのはご存知かと思います。

 その一方、そもそも「マーケティング」の定義は難しく、誤解も多いのが事実です。「営利追求の一手段に過ぎない」と思われることもあるかもしれません。

 しかしながら、「工賃向上」を本当に実現しようとするならば、マーケティングの考え方は必須であると言えますし、またマーケティングがしっかりできていれば、事業で大きな失敗をするリスクは最小化できるとも言えます。

 

 今回は、「顧客ニーズを満たし、顧客満足を得るための組織的活動」がマーケティングである、と、一応定義しておきます。

(その意味では、福祉の施設であるならば、利用者満足を得るための活動自体もマーケティングであるわけですが、今回は「工賃向上」実現ノウハウという意味で、工賃支払前収支を稼ぐための事業の顧客に向けたマーケティングに限定して述べます。)

 

 それでは、「顧客ニーズ」を満たす意味は何でしょうか?

 簡単に言えば、顧客ニーズに適合した商品(この章では、商品、製品、サービスなどを一括して、便宜上、「商品」といいます。)であれば、無理に売り込まなくても売れるからです。

 また、「顧客満足」を得れば、リピート買い口コミ、近年ではさらに「ネットコミ」(インターネット上の評判)を通じて、黙っていても売れていきます。

(なお、「売れるようになってしまったら、忙しくなって現場が混乱する。」とお考えの方も多いようですが、誤解です。どんなに注文があっても、生産能力を超えて受注する必要はありません。

また、恒常的に注文が生産能力を超えるのであれば、値上げをすればいいことです。それでこそ「工賃向上」に結びつきます。値上げには躊躇されるかもしれませんが、経済の世界であれば、需要に供給が追いつかない商品の価格が上がってゆくのは普通のことです。)

 

 逆に、顧客ニーズや顧客満足よりも、「営業力」によって売り続けようとするビジネスも、世の中には多数存在します。積極的な営業活動、膨大な宣伝広告などを用いるものです。これらは、当然、それなりの営業コストがかかりますし、そのコストを価格に転嫁しなければなりませんから、ますます、無理にでも売りこまなければ売れなくなります。

 社会福祉事業者であれば、目指すべきは、どちらでしょうか?

 

 もっとも、顧客ニーズを満たす、顧客満足を得る、と言ってみても、単なるスローガンや精神論に終わってしまっては意味がありません。

 ビジネスの分野では、マーケティング戦略の具体的な手法が多数研究され、整理されてきました。ですから、私たちは、これを学び、事業の中に採り入れることができます。

 

(2)マーケティングの基本概念

 

 マーケティング戦略の全体像は、

    環境を分析し、市場機会を発見する

    対象顧客層を設定する

    具体的なマーケティング手段を検討し、実行する

といった順序になります。

 

①の環境を分析することとは、いわゆるマクロ環境の分析と、顧客そのものの分析、競合(ライバル)の分析、内部分析に分けられます。

マクロ環境とは、人口動態、経済情勢、技術進歩、法規制、文化などです。これらは、インターネット上、マスコミ上、行政情報などで得られます。

顧客そのものの分析とは、対象顧客の人口、生活上のニーズ、購買決定プロセス(例えばどのような手段で商品情報を収集するか、決定に当たって誰の意見を聞くか)、購買行動(例えば、日常品はどこで購入するか、インターネット通販を利用したことがあるか、専門店への来店頻度)、所得水準などです。

競合分析とは、ライバル及び潜在的ライバルの商品、戦略、経営資源などを分析することです。

内部分析とは、自社(自施設)の経営資源を分析することです。

 

これらの分析結果を整理し、経営戦略を導くための手段として、“強み”“弱み”“機会”“脅威”の4象限に分けて整理する「SWOT分析」が多用されます。「記載例」で例を挙げていますのでご覧下さい(「記載例」の中では、「経営環境分析」と表現しています。)。

こうした分析をした上で、戦略を検討する際の定石は、「“強み”と“機会”を結び付ける」ことです。

例えば、「脂質や糖分を抑えてもおいしい××を作れる技術がある」(強み)と「メタボ対策が話題になっている」(機会)を組み合わせて、「『脱メタボ××o(^-^)o』を商品化する」という戦略、といったことです。

あるいは、「体力に自信のある利用者が増えている」(強み)と「豪雪が社会問題になったが、市町村の除雪は不十分」(機会)を組み合わせて、「除雪サービスを始める」といった戦略です。

 

②の対象顧客層を設定することは、現代マーケティングにおける中心概念であり、「ターゲティング」と称します。

膨大な人口の全てを対象としていては、顧客ニーズを的確に満たすことは難しく、また、現代においては、ライフスタイルや好みが多様化していることが前提にあります。

例えば自動車メーカーやカメラメーカーが、同じ時代に非常に多くの車種(機種)を提供しているのは、多彩な顧客層の多様なニーズに適合させるためと考えられます。

 

このように、標的とする顧客層を設定する前提として、顧客を何らかの基準でグループ分けする必要が生じます。このことを、「セグメンテーション」と呼び、その基準を「セグメンテーション変数」と呼びます。

例えば、もし「施設が存する○○村と、最も近い都市である××市の住民を顧客とする」と考えるなら、まず「地理的変数」でセグメンテーションを行ったことになります。

「人口動態的変数」として、性別、年齢階級、世帯員数、学歴、所得水準などがあります。

「心理的変数」「ライフスタイル変数」として、スポーツが好きかどうか、新しいもの好きか保守的か、健康指向か否か、仕事指向か家庭指向か、飲酒習慣の有無、自動車保有の有無、インターネット使用の有無、などがあります。

「行動変数」として、その商品の購買履歴の有無、買換頻度、購買場所、といったものがあります。

こうして顧客層というものを定義した上で、自社(施設)の、あるいはその商品の、主要な顧客層を設定するのが「ターゲット・マーケティング」です。

例えば前述の「脱メタボ××o(^-^)o」であれば、ターゲットは「健康指向は強いが、多忙により運動はできていない中高年男性。価格は少々高めに設定するので、ある程度以上の所得層」かもしれません。

もし「北海道の食材に関心があり、インターネットで検索する習慣がある20台から30台の女性」「夏場にレンタカーで北海道観光し、○○町内を通過する客」「障がい者就労支援にも理解のある、道内の医療機関・高齢者福祉施設」「低価格でホームページを作成したい中小企業」等々を設定するなら、それに適合的な商品を、それにふさわしい方法で提供することを考えます。

当然ですが、狙った顧客層が規模として小さすぎれば、事業として成り立ちませんし、その顧客層に情報や商品を効率的に届ける方法が見つからなければ、ターゲット・マーケティング戦略を打ってゆくことができません。したがって、適正な規模があるか否か、有効なアプローチ方法があるか否かを、慎重に検討することになります。

 

(3)マーケティングの具体的手法

 

 具体的なマーケティング手法として、製品、価格、流通、プロモーションの英語の頭文字をとって、4Pと呼ばれることがありますが、今回は、ほぼ同じ内容で、

    商品開発

    価格戦略

    流通戦略

    コミュニケーション戦略

の4つに分けて説明します。

 ただし、これらは、互いに独立したものではなく、相互に関係します。また、前述のセグメンテーション、ターゲティングとも密接に関係します。矛盾したり、縦割りにならないよう留意する必要があります。

 

    商品開発

(前述の通り、「商品」と言いましても、製品・サービスなど、顧客に有償で提供するもの全てを含みます。)

 商品開発は、マーケティングの最も重要な要素です。

 商品自体が顧客ニーズに適合し、顧客満足を獲得できるものでなければ、他のマーケティング手段を打ってもあまり意味がないと言っていいでしょう。

 「工賃向上」の立場からは、単に数を売ればいいというものではく、より高い顧客満足を得て、その結果として(同じ原価でも)より高い価格設定が可能になる商品の開発が特に必要になります。

 

 その観点から、商品開発のためには、「顧客」自体について、あるいは顧客の商品に対する満足度、といった情報が必要になると考えられます。主としてそのためにデータ収集・分析を行うのが「マーケティング・リサーチ」です。

 膨大なアンケート調査を行うようなリサーチは費用と時間がかかります。アンケート結果の分析にも、本当は高度な統計学や心理学の知識を要します。

 あまり経費をかけないで行える方法の1つとして、「フォーカス・グループ・インタビュー(FGI)」というものがあります。設定した顧客層から、サンプルとして何名か呼び集めて、商品や広告などに関して闊達に議論してもらい、意見を引き出す、といったものです。

 例えば、施設で作っている菓子と、営利企業で作っている菓子を、何名かのグループで食べ比べてもらい、また、パッケージ、価格、販売方法などについて意見を出してもらいます。

 グループでなくても、個別に意見を聞くこともあります。例えば、クリーニングの顧客を個別に訪問し、自社(施設)を選定している理由、現状のサービスに対する不満、どのような付加サービスを望むか、等々をヒヤリングします。アンケート用紙や電子メールで回答してもらう方法もありますが、一般的には、人的なコミュニケーションをとった方が本音を引き出しやすいと言えます。

 

 現場で実際に作業している方々はどうしても考え方が保守的・現状維持的になりがちですし、福祉の道一筋で頑張って来た人たちだけでは発想が限られてくる可能性があります。ですから、商品開発に当たっては、「商品開発委員会」のようなものを立ち上げ、多様な意見を集めることが望まれます。法人の複数の部門や、さらには外部のメンバーを入れるといいでしょう。

消費者の視点を持てる人、営利企業で働いた経験のある人などが入ると、真にマーケティング的な発想が出やすくなると考えられます。

 

 前述のように、「工賃向上」の立場から考える商品開発とは、ただ売れればいいというものではなく、適切な価格を設定できることを目指すべきものです。

 それは、「知恵の闘い」と言ってもいいでしょう。

 その方向性の一つは、「高級化」ということです。

 例えば、同じ菓子類でも、自分で食べるためにしか買ってもらえないものと、贈答用にもなるものでは、全く価格設定が違ってきます。この価格差は、材料費等の原価の差だけではなく、商品コンセプトの違いを大きく反映しているはずです。

 また、顧客にとっての「価値」を再考してみることです。

 例えば、同じ木工品であっても、顧客は材料費や加工費にお金を払っているわけではありません。それが便利なものであったり、使って楽しいものであったり、ずっと飾っておきたいようなものであれば、原価が安いか高いかなどと気にせずに財布の紐を開くでしょう。

 

 アイデア出しのために、営利企業の商品を、研究し、参考にしてみる価値があります。営利企業も労働者に少しでも高い賃金を支払うために、知恵を絞っているからです。

 まず参考になる情報を集めます。業種が違っても構いませんので、例えばデパートに足を運び、あるいは折り込みチラシを集め、営利企業(特に一流企業)が、消費者の心にヒットするためにいかに知恵を捻り出しているかを研究してみましょう。

 その上で、自分が消費者になったつもりで、「この商品が、どのように変われば、あと30円高くても買うか?」などと考えてみます(工賃以外の原価が20円上がって、価格を30円上げることができれば、10円分は工賃に回せます。もし利用者が1日50個それを作るのであれば、1日当たり工賃を500円アップできます)。

清掃、クリーニング、外注加工などのサービスでも同様です。顧客がより高い料金を支払うようになるには、サービスをどう改良するか、どのような付加サービスをつけるか、などを検討します。

 営利企業の例を挙げてみますと、例えば「機能性飲料」といわれる一群があります。水分を採る、おいしい、といった飲料の基本的価値の上に、新たな価値を加えているわけです。住宅産業は、ただ家を建てるだけでなく、「高断熱」「シックハウス対策」「防犯」「ユニバーサルデザイン」等々、次々と新たな価値を提案してきています。いずれも、同業者間の競争に勝ち、かつ適正な価格を設定するための知恵と考えられます。

 

 商品のネーミング、デザイン、パッケージなども「工賃向上」の立場からは、重要な要素です。

 工芸品、衣料品などそもそも視覚に訴えるモノのデザインが重要なのは言うまでもありませんが、そうでないものであっても、店に陳列されたとき買い物客に対して目立つ、わかりやすい、といったことを考えます。

例えば書籍の価値は本当は内容であるはずですが、実際のところ、タイトル、表紙、背表紙などが重要な要素になっていることはご承知の通りです。書店で観察してみれば、出版社がこうしたことにいかに心を砕いているかがわかります。

 ペットボトル飲料なども特に競争が激しい世界ですが、名称、ペットボトルの形状ラベルなどもヒットするか否かを左右しているとも言われます。 

 ネーミングといえば、ユニークなネーミングを連発していることで有名な製薬会社があります。一般人にも効能がわかりやすく、憶えやすく、インパクトがあるものですので、参考にしてみる価値があります。

例えば食品系であれば、内容があまり変わらなくても、「プレミアム」「純」「極」「健」「和」「生(なま)」「激辛(*≧∇≦)」「新」「北海道産♪」「夏限定」・・・等々とネーミングを修飾するだけでずいぶん印象が違ってきますし、その印象の差を価格にも反映できます。

(なお、ネーミングがさらにブランドになれば、高い価値を遡及できます。例えば、地元の菓子店の一つとしてブランドが認識されるようになれば、高い価格設定が可能になります。)

 パッケージに動物のイラストがあるだけでも印象が変わりますし、目立ちやすくなります。

こうしたことについても、店頭や、チラシや、インターネットで、特に競争の激しい大企業同士が、消費者に訴求するためにいかに「知恵の闘い」をしているか研究し、その発想を採り入れることができます。

 ある程度アイデアが出るようになれば、前述のような「商品開発委員会」等に諮って、さらにアイデアを練り上げるといいでしょう。

 

    価格戦略

 価格戦略は、様々な考え方がありえ、また短期に変動しうる、難しいものの一つです。

 大企業の価格戦略も、値上げしたり、値下げしたり、揺れが目立つことがあります。

 特に現在のような経済情勢下では「低価格戦略」というものが幅を利かせているのはご存知かと思います。企業の戦略としてそれもありうるわけですが、短期的にはそれで仕事を確保できても、中長期的には企業体力を失い、経営破たんに至るリスクも大です。大企業には独自のローコストオペレーションの手段がありますので、それに追随しようとしても無理なこともあります。

 単に作業の量を確保できればよいのならともかく、「工賃向上」の立場からは、低価格戦略に走らず、適正な価格を設定してゆくことが望まれます。また、障がい者の施設同士が、値下げ競争に陥り、結果として工賃引き下げなどに至ることは避けたいところです。

 営利企業との競争という観点からは、最低賃金を大きく下回る工賃による低価格は優位性になるわけですが、それに甘んじていては「工賃向上」は果たせないことになります。

 営利企業の商品に近い価格を設定できるように、商品開発を初めとするマーケティング戦略に知恵を絞るべきでしょう。

 

 価格設定には、いろいろな考え方があります。

 会計学の立場からは、原価プラス設定利益率という考え方をとることが多いと思います。

それはそれで妥当性もあるのですが、現実には、モノの価格は、経済学的に、つまり、市場における需要と供給の関係で決まることが多いと言えます。売れなければ値下げし、売れすぎて供給が追いつかなければ値上げされるわけです。この観点から、価格設定も柔軟に考える必要があると言えます。

マーケティング論の立場からは、ターゲットとした顧客層に相応した価格設定が必要ということになります(逆に、高い価格設定をするためには、高所得者層や、その商品に高い価値を認める層を狙う必要があるとも言えます。)。

また、必ずしも安ければ売れるというものではなく、例えば高級感を演出した商品や、贈答用品に関しては、それなりの価格設定が必要になる場合もあります。

 

以上のように、価格設定はなかなか難しい、「正解のない」問題です。

一般論ですが、原価、他社(施設)商品の価格などをベースに設定し、売れ行きを見ながら、柔軟に見直してゆくのが妥当と言えましょう。適正な工賃を稼ぐだけの価格をどうしても設定できないようであれば、その商品の廃止も検討します。

 

    流通戦略

 流通戦略は、業種により性格が大きく異なるので、ここではマーケティング戦略全体との関係で考え方の例を述べます。

 例えば店に置いて売るような商品であれば、店に置いてもらう店の選定を、マーケティング戦略の中で考えます。

ターゲットとする顧客層が高所得者層であれば、デパートとか、高級店でしょう。専門的なニーズを狙ったニッチな商品であれば、専門店が有望になります。観光客にヒットすると考えれば、観光地の直売所とか、大きな駅の売店かもしれません。

 自社(施設)で店を建てる場合も、同じような考え方で立地場所を選定します。ターゲット顧客が足を運びやすい、あるいは自動車で来やすい場所、通行する可能性の高い場所、といったことになります。(逆に、ただ土地や空き店舗があったから、生産場所に近いからといった理由で立地すると、客が来ない可能性が高くなります。)

 ターゲット顧客がその商品に関してインターネット通販を利用すると想定されれば、ネットショップを開設することも考えます。

 

    コミュニケーション戦略

 

(ⅰ)コミュニケーション戦略の考え方

 コミュニケーション戦略(プロモーション戦略)も、マーケティング戦略全体の中で考えます。

 マーケティング的に言えば、商品の価値を、ターゲットとした顧客層に伝えてゆくことです。

 よって、「何を」「誰に」伝えるか、が原点です。それに適合的な、プロモーション手段を選択します。

 

 「工賃向上」との関係で言えば、ただ商品をPRすればいいというものではなく、その価値を伝えることが重要です。

 また、多くの人の目に触れれば触れるほど、所得の高い層や、そのカテゴリの商品には強い選好を持つ層の目にも触れることになります。そうすれば、高い価格設定が可能になり、結果として「工賃向上」に直結します。

 「プロモーションなどをすれば忙しくなるだけ」というのは誤解です。「工賃向上」のためにこそ、プロモーション活動を行うわけです。

 

 後述もしますが、この分野の基本的な概念として、「AIDMA」理論がよく使われます。

「AIDMA」とは、注意(注目)、関心(興味)、欲求、記憶、行動(購買)の英語の頭文字をとったものです(「AIDMA」を多少変形したものもしばしば使われます。)。この各段階で、顧客に働きかけることを考えます。

例えば、消費者は、新聞折込チラシに気付き(注意)、説明文に関心を持って読み、欲しいと思い、そのことを忘れず記憶しておき、週末の買い物のときに購入する、といった過程を経ると仮定します。販売する側として、この各段階に働きかけます。そのために、チラシは紛れてしまわないよう目立ち易いように作成し、興味をひく工夫をして、欲求を煽るような商品紹介をして、かつ記憶に残りやすくあるいはチラシがすぐ捨てられないように工夫し、来店しやすいように地図や駐車場の有無や営業時間を明記しておく、といったことになります。

もし売れなければ、どこがまずかったかを検討し、新たな仮説を立てて次の手を打ちます。チラシが目に付きにくかった、商品説明が欲求を煽るものでなかった、記憶に残りにくいものだった、来店に結びつく工夫がなかった・・・等々が考えられますので、それに相応する改善策を次回に向けて打っていきます。あるいは、チラシをやめて別の媒体に移ることも考えられます。

 

具体的なプロモーション活動として、人的販売(いわゆる営業要員による営業活動など)、広告、パブリシティ、販売促進などがあります。

 

人的販売については、障がい者福祉施設の場合、本格的な営業活動を行う人員などは足りないと思いますが、北海道障がい者就労支援センターの「マッチングサポート事業」などを活用することも考えられます。また、積極的な営業活動はしないとしても、もし引き合いがあればチャンスですから誠意を持って対応します。

営業活動を行うのであれば、ビジネスの世界の常識に合わせるのは当然です。約束を守ること、ビジネス用語を勉強しておくこと、服装に留意すること、等々です。福祉施設の職員だからという甘さがあれば相手にしてもらえないでしょう。

販売促進については、後の章で説明いたします。

 

(ⅱ)広告戦略

広告については、費用がかかる上、日々消費者が接している広告量は膨大ですから、埋もれてしまわないよう、マーケティング戦略全体の中で慎重に検討する必要があります。

 

主な広告媒体(メディア)として、次のようなものが挙げられます。

 

メディア

利 点

限 界

テレビ

     視覚、聴覚など人間の感覚に訴えることが多い

     視聴者が多い

     注目度が高い

     コストが高い

     多くの情報を伝達しにくい

ラジオ

     地域(特に地域FMなど)、人口属性、ライフスタイルによるセグメンテーションがしやすい

     視覚に訴えられない

     聴取者数が少ない

新聞

     媒体としての信頼度が高い

     地域によるセグメンテーションがしやすい

     雑誌と比べ読者が多い

     タイムリーな広告が可能

     1日で媒体価値を失う

     回読率が低い

     人口属性によるセグメンテーションがしにくい

雑誌

 

     人口属性、ライフスタイルによるセグメンテーションが可能   (地域のタウン誌ミニコミ誌などであれば、地理的セグメンテーションが可能)

     長期間、媒体価値を持つ

     回読率が高い

     色の再現性に優れる

     広告原稿の締め切りから掲載までに時間を要する。

     新聞と比べ読者は少ない

     掲載ページの指定が難しい

屋外広告

     地域によるセグメンテーションが可能

     大きなスペースを使用できる

・ 再接触率が高い

     人口属性、ライフスタイルによるセグメンテーションが難しい

     内容を頻繁に差し替えることが難しい

インターネット・プロモーション

     情報量の制約が少ない

     広告効果を測定しやすい

     情報の更新が容易

     ライフスタイル等によるセグメンテーションが可能

     1対1、1対多のコミュニケーションも可能

・ 少ない予算でも可能

     情報が多すぎて、埋もれてしまう危険

     情報の信頼性の判断が難しい

     表示できるイメージ(画像)に限界

 

 

これらの中から、顧客層・商品特性等に適合したものを選択します。

例えば、地域住民を対象にするのであれば地域のタウン誌に、全国に出荷する趣味の品であればその趣味の専門誌への広告や趣味の番組のCMを、観光客を対象にするのであれば主要道路に屋外広告を、高年齢者がターゲットであればデイサービスセンターにチラシを置かせてもらう、・・・といったことを考えます。

 

(ⅲ)インターネット・プロモーション

多額な宣伝広告費がかけられない小規模事業者にとって、特に有効な手段は、インターネット・プロモーションです。

得意な職員がいないからそのようなことは不可能、と思われるかもしれませんが、そんなことはありません。

 

すでに法人・施設のサイトを有している場合は、そのサブページや「新着情報」を、商品のプロモーションのために使うことも考えられます。しかしながら、本格的なプロモーションのためには、専用のホームページを立ち上げることも検討に値します。

(なお、有名なネットショップに出店するには、相当額の出店料を要します。廉価なネットショップ立ち上げサービスなども存在しますので、検討の価値はあります。)

 

費用を要さず、すぐできる手ごろなものとして、ブログSNSMIXIFacebookGREE等)等も活用できますが、信頼性の観点からは、きちんとしたホームページを立ち上げた方が適当と思われます。

専門業者に委託すると相当の費用を要しますし、機動的に更新できない可能性もありますので、自前で作成・運用するといいでしょう。

 

ホームページを作ることは、専門家でなくても実に簡単なことです。インターネットを閲覧でき、ワープロを使える能力があれば、すぐにできます(パソコン教室などで短期間で勉強することもできます。)。

既にインターネットに接続していれば、プロバイダサービスとして、ホームページ開設サービスが用意されていると思います(ただし、容量に限界があったり、アドレスにプロバイダ名が入ったりします)。その一環として、すぐ使用できるホームページの雛形があったりもします。プロバイダサービス以外でも、無料のホームページ開設サービスがありますが、普通は広告が入ります。

プロバイダサービス等を使わない場合は、独自ドメイン取得、レンタルサーバーなどに若干の費用がかかります。安価な業者もありますので探してみてください。

 

有名なホームページ作成ソフトは家電量販店などでも安価で販売されています。その中のテンプレートを使うと、プロが作成したような見栄えの良いホームページが簡単に作成できます。

全くの初心者向けに、ホームページ作成・運用の入門書も市販されていますので参考にしてください。

ただし、見栄えがよければいいというわけでなく、マーケティングの観点からは、前記のAIDMAがよく検討されていることが必要です。商品の魅力が閲覧者にしっかり伝わるよう、心をこめたメッセージを考えてください。

また、新商品やイベントなどに合わせて、まめに更新します(その前提として、各部門からインターネット運営担当者に、発信すべき情報がリアルタイムに集まる体制が必要です。)。

 

ホームページを作成しただけでは、なかなか閲覧してもらえませんので、いくつかの工夫が必要です。

例えば、看板、チラシ、商品のパッケージ、包装紙、名刺、カタログその他目の付くところに、ホームページアドレスを記入し、閲覧を誘います。

また、無料登録サイトなどに、大量に登録します。そのようなもののうち、道が運営しているものとして、「北海道人」http://www.hokkaido-jin.jp/)があります。各カテゴリから選んで、登録申請できるようになっています。地域別の無料登録サイトなどもありますので、「北海道人」の中の「インターネット情報源」のカテゴリ等を探してみてください。

ナイスハートネット北海道http://nice-heart-net.jp/)にも、ホームページを登録できます(ブログも登録できます。)。

ブログ、SNSなどからホームページを紹介することも有効です。SNSであれば、特に地域のコミュニティや、その商品に関心を持つ人のコミュニティでの紹介は効果的でしょう。

 

Yahoo!Googleといった検索エンジンでキーワード検索されたときに、上位(なるべく1ページ目)に掲載されるようにする工夫を、SEO(検索エンジン最適化)といいます。

 地域の顧客をターゲットとする場合は、地名+カテゴリ(例えば、「札幌市○○区」+「クリーニング」、「○○町」+「ケーキ」)をキーワードとする検索を意識してSEOを行うことが有効と考えられます。

 全国の顧客に出荷するような商品の場合は、その商品に関心を持つ顧客層が、どのようなキーワードで検索するかを、慎重に検討します。

 このテクニックについては様々な意見がありますが、執筆者の研究では、ページタイトルにこうしたキーワードが入っていると、検索上位に掲載されやすくなります。

 また、更新頻度が高いこと、被リンク数(上記の登録サイトなどに登録されていること)が多いこと、文中にもキーワードが頻出していることが、有効であると言われています。この観点からも、まめに更新することや、無料登録サイトに登録することが重要になります。

 

(ⅳ)パブリシティ

 一般に、「広告」は有料で掲載(放送)してもらうものであるのに対し、「パブリシティ」は、広告料を支払わずに、記事としてあるいは番組の中などで、採りあげてもらうことを狙うものを言います(実際には、記事の体裁をとった広告など、見分けのつきにくいものも存在します。)。

 パブリシティのためにマスコミ等に情報提供することを、プレスリリースなどと言います。

 パブリシティは、大企業や行政機関が盛んに行っています。例えば新聞の経済面には企業の新製品情報などが記事として掲載されていますが、その多くは企業側からプレスリリースされたものと思われます。

 このような手段は、大企業だけのものではありません。

 例えば、北海道の多くの地方には、エリア毎の地方紙が存在しますが、そこには地元の中小企業の新商品とか、商店街のイベントとかが記事として多数掲載されています。これも多くは企業等側からの情報発信であると考えられます。

 このような手法を、「工賃向上」のために使うことができます。

 

 ( )ページの資料( )は、「報道発表資料」として、地元の新聞・テレビ等各社にFAX送信する例です(持ち込んでも受け取ってもらえます。電子メールだと紛れてしまう危険があります。)。内容的に、障がい者の施設であること、地元の産品を使っていること、ボランティアが参加することなどが、記事としての価値をさりげなくアピールしています。イベントの形をとることで、テレビにも来てもらいやすくしています。また、協力・後援の団体を並べることで、権威づけています。質問を受けるため、連絡先も明記しています。

 

《この章の参考文献》(太字は特にお奨めするものです。)

[改訂3版]MBAマーケティング』(グロービス・マネジメント・インスティテュート編著、ダイヤモンド社)

『マーケティング戦略策定シナリオ』(HRインスティテュート著、野口吉昭編、かんき出版)

マーケティングリサーチはこう使え!』(菅野之彦、日本実業出版社)

ヒット商品が面白いほど開発できる本』(太田昌宏、中経出版)

『凡人が最強営業マンに変わる魔法のセールストーク』(佐藤昌弘、日本実業出版社)

『はじめてのホームページ・ビルダー15』(桑名由美、秀和システム)

『御社のホームページをヤフー!・グーグルで上位表示させる技術』(鈴木将司、東洋経済新報社)

 

 

4.業務の改善

 

(1)「改善」の考え方

 

 組織成員の知恵を引き出す仕掛けとして、「改善」をテーマにすることについては前述の通りですが、特に「工賃向上」の立場からは、次のような説明ができます。

 

 例えば、1個作って10円の粗利益が出る商品を製造して、その粗利益を全て工賃に還元しているとします。利用者1人が、1時間に10個製造できるとすれば、工賃は100円/時です。ここで、作業方法を改善し、生産性を10%向上したとすれば、1時間に11個製造でき、(それが全て売れるとすれば)工賃は110円にアップします。

 あるいは、1時間に20個製造し、その10%(2個)の不良品が発生しているとします。その不良率を5%(1個)に低減できるとすれば、生産性が約5%アップします。この場合、(ロスをリサイクルできないとすれば)原材料費のロスも半分になりますので、工賃に還元できる金額のアップ率は5%を超えます。また、不良品が誤って出荷されてしまい、クレームになる確率も半分になると考えられます。

 業務改善といえば「仕事がきつくなる」「労働強化ではないか」というマイナスイメージが伴うこともありますが、このように、正しくは行えば「工賃向上」に直結するものです(また、このようなマイナスイメージに基づく抵抗に対しては、「改善することによって作業が楽になる場合もある」と説得できます。)。

 

 大きな、劇的な「工賃向上」は、新事業、商品開発といった、企画力、アイデア等によるところが大です。「工賃向上」を目指すなら、それは必ず検討すべきでしょう。しかしながら、それはリスクも伴うものです。

 一方、事業、商品自体はそのままで、作業方法などを漸進的に改善してゆく方法は、小さな一歩の積み重ねであり、劇的な効果をもたらすことは稀ですが、リスクは少ないと言えます。

 また、このような小さな改善のためであっても、考える、議論をする、提案する、といったこと自体が、人材育成や機運醸成を通じて、大きな飛躍のための土台になります。

 

“KAIZEN”という言葉が国際的に通用するのはご存知かと思います。高度成長期の日本企業の強さは、改善活動にあると欧米人が見抜いた結果だと思われます。

営利企業であれば、特に一流企業であれば、もし同じ商品を作っているなら、年々、生産性は向上していって当たり前と考えます。なぜなら、ライバルも「改善」を行っているからです。向上しなければ、コスト面で、ライバルに負けることになります。「現状維持は後退」と言えます。

このことは、本質的には、福祉の施設であっても同様と考えられます。

 

なお、改善活動などを行いたくても、現場のことは現場職員への任せきりに近く、施設長級・管理職員があまり関与できていないケースも多いようです。もしその原因が、現場のことをよく把握できていないためだとするなら、日々現場パトロールをする、繁忙期には管理職員も作業を手伝う、その業界に関する本を読む、といった方法が勧められます。

現場が自主的に改善活動を進めるような気風が醸成されるには時間を要しますので、それまでの間、管理職員がリーダーシップを発揮することも必要だからです。

また、本質的に現場は保守的であることが多いですから、改善のために必要な場合は明確に業務命令を発します。反対意見が出てきたら、よく聞いた上で、徹底的に議論すれば互いのレベルが上がります。

 

(2)改善の手法

 

    タイムマネジメント

職員の方々も、日常業務が忙しすぎて「工賃向上」といったテーマにじっくり取り組む時間がないと思われます。

時間を捻出するために、「タイムマネジメント(時間管理)」の方法があります。

まず、無駄な業務、やめてもいい業務はないか、ゼロベースで検討します。言わば、「事業仕分け」です。といっても、どんな事務も理由があって行ってきたのでしょうから、やめてもいいとはなかなか言いにくいはずです。そこで、続けることと、やめることの、どちらのデメリットが大きいか議論します。続けることのデメリットは、その業務に要する人件費その他事務コスト、あるいはその時間をもっと価値のある仕事に当てられることの機会損失です。

また、以下に述べるような各種の改善手法を使って、業務を効率化して時間短縮できないか検討してみます。

1日の時間の使い方を記録してみて、無駄な使い方をしていないか検討することも勧められます。

繰り返し生じるトラブル、クレームなどの対応で時間をロスしている場合、建前でなく実効性のある再発防止策を検討し、実行します。

想定されるリスクには、未然防止策を打ちます。例えば、パソコンのハードディスクはいずれ破損するものですから、大事なデータはバックアップをとっておきます。

 

また、組織として仕事をする上で特に重要なのは、情報共有です。「知らなかった」「知らされなかった」ことに起因するタイムロスが案外多いものです。そこで、「報告・連絡・相談」といったことの重要性がよく言われます。

 

    作業環境の改善

 安全衛生、健康管理に注意することは当然ですが、「工賃向上」のためにも、作業環境に留意が必要です。環境が悪いと作業効率が低下するからです。

 作業環境として、物理的なものばかりでなく、社会的・心理的なものもあります。

 

 職員の方が、実際にその場所で作業してみると、問題点に気付くことがあります。

 例えば、です。暗すぎないか、時間帯によっては窓が明るすぎて逆光にならないか、といったことです。

 温度については、足が冷たくないか、頭が暖かすぎないか等を、その場所にしばらく立ってみて判断します。夏場なら暑熱に注意します。エアコンを入れることができなくても、扇風機・送風機が有効です。

 作業台の高さなども重要です。高すぎると作業しにくいですし、低すぎると見にくかったり、前傾姿勢になったりします。背の低い方には、踏み台に乗ってもらうことも考えられますし、背の高い方の場合には作業台の上に台などを置いて位置を高めにすることも考えられます。座って作業する場合は、イスの高さや、足の置き場にも留意します。

 

 社会的・心理的環境として、人間関係の組み合わせなどにも留意します。

また、言いたいことを言いにくい職場風土であったり、指導員の方が威圧的であったりすると、心理的抑圧が生じて思わぬ問題の発生源になります。

休憩時間の確保、服薬を忘れないための工夫(チェック表を作るなど)等々の配慮も重要です。

 

    5S

「5S」は、「整理、整頓、清掃、清潔、しつけ」の頭文字であり、組織的に取り組む改善活動の基本として、業種を超えて広く知られるものです(「4S」などのバリエーションも知られています)。

この5つはその語感から精神的なスローガンのように思われがちですが、そうではなく、正しく行えば生産性向上に直結する、極めて具体的・実戦的なものです。

「整理」とは、「要るものと要らないものを分類し、要らないものを処分する」ことです。処分するとは、最終的には廃棄することですが、その決断ができない場合は、とりあえず作業場から、あるいは机の上から、倉庫などに移動することも含みます。限られたスペースを効率的に使えるようにすることが直接的な目的ですが、以下の「整頓」等の前提にもなります。よって、順序としてまず「整理」から行います。

「整頓」は、「要るものを分類して表示して、所定の場所にきちんと置く」ことです。その主な目的は、材料や道具あるいは書類などを探す時間を省くことです。パソコンの中のファイルはフォルダに分類し、探す時間を省くのも同じ原理です。探したり、奥から引っ張り出したりしている間は、仕事は進まず、時間をロスしているからです(さらに時間を省くために、例えば道具の柄に色のビニールテープを巻いて一目でわかるようにする、材料棚の引き出しに材料の絵を書いてすぐにわかるようにする、といったことを考えます。)。なお、通路に不用意にモノが置いてあると、下肢障がいや視覚障がいの利用者の方にとって危険です。また、防災上も、余計なモノが置かれていることは問題です。こういった観点からも、モノを正しい場所に置くことは重要になります。

「清掃」は、「身の回り、職場をゴミ、汚れのない状態にする」ことです。次の「清潔」と合わせて、特に食品系では当然のことであり、福祉の施設だからと言って手を抜いていいものではありません。食品系などでなくても、例えば機械がホコリや古い油でまみれていると故障の原因になりますし(その点では、外見だけきれいにすればいいというものではなく、内部の清掃も重要です。)、パソコン等もホコリが故障を招くことがあります。(ただし、清掃に過大な時間的コストをかけているようであれば、見直すことも一方です。その場合、「毎日」「隔日」「週1回」など、場所によって区分するといったことも考えます。また、清掃方法自体の効率化(たとえば機械・道具の使用)なども検討します。)

「清潔」は、「不快感を与えぬようきれいに保つ」ことです。これも食品系でなくても、心理的・社会的な観点から、当然重要なことです。取引先が抜き打ちで工場見学に来たりすることもありますので、清掃や清潔には気を抜けません。

「しつけ」は言葉が古い感がありますが、「決められたルールを守る」ということです。世の中の事故、不祥事の多くが、ルールの適用があいまいになっていたことに起因することはご存知かと思います。「作業前に手を消毒する」「工作機械を操作するときは安全カバーをつける」「遅刻するときは連絡する」「他のメンバーにパワハラしない」等々、合理的なルールを遵守させ、あいまいにしないのは当然のことです。「利用者にルール遵守を求めるのは厳しすぎる」という意見も出るかもしれませんが、あいまいさもまたストレス源になることがありますし、もしルール自体が厳しすぎるのであれば、当然見直しします。「5S」に関して言えば、他の4つもルールとして運用されるものですから、「しつけ」があいまいになると全てが空洞化してしまいます。

なお、このように「5S」は当然のことでありながら、組織として実際に正しく行い続けることは難しいことですので、トップの決断とリーダーシップを要します。

 

    動作経済の原則

「動作経済の原則(法則)」とは、作業中の人の動きを分析して、動作のムダを排除する改善方法の一つです。「動作の数を減らす」「動作を同時に行う」「動作の距離を短くする」「動作を楽にする」の4つからなります。

一つ一つに改良は些事に見えても、1日に何百回と繰り返す動作を改善すれば、効果は非常に大きなものになります。

「動作の数を減らす」とは、

・材料や道具を取りだしやすいように整頓する(→探す動作を減らす)

・工具を工夫して必要な動作数を減らす

といったことです。

「動作を同時に行う」とは、

・できる限り両手で作業するようにする

・そのために、片手で保持していたモノを台に固定するようにする

といったことです。

「動作の距離を短くする」とは、

・作業場のレイアウトを改良して、モノを動かす距離を短くする

・台の中央に全員分の材料を積んで作業していた場合、材料を各作業員の手元にまとめて移動することによって、材料を手元まで動かす距離を短くする

といったことです。

このことが重要なのは、モノを移動している間は、工程が進んでいない(よって、付加価値ができない)からです。

「動作を楽にする」とは、

・作業位置が中腰姿勢になるところは、腰掛に座って作業するようにする

・重要物を移動するときは台車を使う

・手作業で行っていたことに道具を使ってみる

といったことです。

 

なお、「5S」と「動作経済の原則」は、大きく書いて掲示して、全員が理解するまで何度でも朝礼などで話題にするといいでしょう。

 

    多能工化

「多能工化」とは、一人の作業員が、いろいろな作業をできるようにしておくことです。

 その目的は、短期的・直接的には、欠勤者のフォロー、繁閑の差へ対応、後述する「ボトルネック理論」による全体最適化への対応といったことです。逆に、一人一人の利用者の方ができる作業が限られていると、柔軟な配置ができず、結果として大きなロスが生じる可能性があります。

 中長期的なメリットとして、多くの作業をマスターすることで、その人の能力を高め、自己実現に資することです。特に一般就労を目指す場合、柔軟にいろいろな仕事をできるようになることは大きなアドバンテージになるでしょう。

 部署や事務分掌の異動を活発に行えば、「多能工化」しやすくなります。逆に、人事異動が停滞していると、組織の効率が低下するおそれが大です。

なお、この考え方は、事務部門にも適用できます。

 

    品質管理(QC)

前述の通り、「品質管理(QC)」は、そもそもは不良品が出荷されてしまうことによるクレーム等の発生を抑えることに主眼がありましたが、加えて、工程で不良品の発生率を低減すること、さらには顧客に高品質の製品・サービスを提供するといったマーケティング的な概念にまで発展してきました。

いずれにせよ、現状を分析すること、議論をして仮説を立てること、仮説を検証すること、といった活動が必要になるわけであり、そういった活動をQC活動と呼び、QCで使われる手法が、「QC7つ道具」「新QC7つ道具」として整理されてきました。現在では、製造業に限らず、普遍的な経営ツールとして知られています。

ですから、不良品発生の低減に限らず、様々な「問題解決」や「課題達成」のために利用することができます。

「7つ道具」は、パレート図、特性要因図(魚の骨)、ヒストグラム、管理図、チェックシート、散布図、グラフ、層別 です。「新7つ道具」は、連関図法、親和図法、系統図法、マトリックス図法、マトリックス・データ解析法、PDPC法、アロー・ダイヤグラム法 です。(テキストによって一部異なることがあります。)

数学や統計学の知識があると理解しやすいものもありますが、多くは予備知識なしでもすぐ使えます。近年は、表計算ソフト等の普及により、大量の数値データを分析したりグラフ化するような手法が極めて容易になっています。

 

    ボトルネックの理論

 複数の工程を、流れ作業でモノが流れていく場合、全体の生産能力は、最も弱い(一定時間当たり捌ける個数が少ない)工程に制約されます。この、最も弱い工程を「ボトルネック」といいます(ボトルから水がでてゆく速度は、最も細い場所(ボトルネック)の断面積で決まるからです。)。弱い工程の直前には仕掛品が溜まってゆき、一方、強い工程では余裕ができるはずです。

全体の生産力を上げるためには、各工程の能力をできる限り平準化します。具体的には、最も弱い工程の人員を(強い工程からシフトして)増やしたり、重点的に作業改善を行ったり、設備を強化したりします(なお、この手法は、「制約条件(TOC)の理論」とも呼ばれます。)。

どこがボトルネックになるかは、その日の出勤状況、そのとき作る製品などの条件によって異なってきますので、全体をコントロールする利用者・職員の方が、その時点の状況を見て柔軟に判断する必要があります。

なお、この考え方も、流れ作業で行っている事務であれば、事務部門にも適用できます。

 

    ECRS

「ECRS」は、「排除、結合、交換、簡素化」の英語の頭文字をとったもので、作業改善に限らず改善活動のキーワードとしてよく使われるものです。

「排除する」は、「やめる」あるいは「省略」することです。

・正月の挨拶まわりはやめる

・過剰な検査を一部省略する

・包装は必要なもの以外やめる

といったことです。まずはこれを検討し、やめることができなければ以下に進みます。

 「結合する」とは、

・理事会と職員会議を合同で行う

・賞与支給日を給与日まで繰り上げて、支給事務を同時に行う

・洗濯機が回っている間に他の作業をする(要員を兼ねる)

・納品と営業活動を兼ねる

・他の施設と合同で研修会を行う(→講師謝金を節減)

といったことです。

 「交換する」とは、順序を変えることや、別のものに代替することです。

・品質検査を計量より先に行う(不良品を計量する時間を節減できる)

・材料を、同じ質でより安いもの、あるいは同じ価格でより質のよいものに替える(なお、このように、質とコストの関係で、より効率のよいものを探索する考え方を、VE(あるいはVA)と呼びます。機能÷コスト=価値 と考え、より価値の高い材料、方法などを組織的に検討します。)

道具を、より便利なものに換える(大きなホームセンターや専門店などで探すと意外な道具を発見できることがあります。)

といったことです。

 「簡素化(単純化、簡単化)する」とは、

・作業を標準化する(「標準化」とは、いわゆるマニュアル(手順書)に従って、誰でも効率よく仕事ができるようにする方法です。)

・包装を簡易化する

・業務日誌の記載項目を減らす

といったことです。

 

    重点管理

 改善手法全体に言えることですが、改善活動やコストダウン活動といったものにも時間や費用を要しますから、効果が小さいところにこだわってしまうと却ってマイナスになります。日常業務でも、細かいところに時間や労力を費やすこと(例えば、消費電力が僅少なものまでまめに切るなど。)は経営上マイナスになることが多々あります。

 そこで、ウェイトの高いもの、効果が大きいものは重点的に管理し、あるいは改善活動に着手することを考えます。逆に、ウェイトの低いものは無視する、あるいは後回しにします。こうした考え方を「重点管理」といいます(3段階に区切るものを「ABC管理」と呼ぶこともあります)。

 例えば、多くの原材料の中で、金額ウェイトの高いもの上位30%について、重点的にロス率低減活動や納入業者への値下げ交渉を行う一方、下位20%については特にマークしない、といったことです。

 

    その他

今回は詳述しませんが、その他よく使われる改善ツールに、次のようなものがあります。

標準原価計算と差異分析

 同じ規格の製品を大量に生産している場合に有効です。標準原価と、実際原価の差額を分析し、今後の操業を改善してゆくものです。

オズボーンのチェックリスト

 「他に使い道はないか、他に応用できないか、加えたら・減らしたら・逆にしてはどうか、拡大・誇張したらどうか、縮小・省略したらどうか、代用・置き換え・入れ替えたらどうか、逆・裏返したらどうか、組み合わせたら・混合させたらどうか」という、発想法のリストです。

3S

 「単純化、標準化、専門化」の英語の頭文字をとったものです。

ブレーンストーミング

 互いの意見を一切批判せず、ひたすらアイデアの数を出すという、会議形式のアイデア創出法です。このバリエーションとして、KJ法などがあります。

 

《この章の参考文献》(太字は特にお奨めするものです。)

仕事がどんどんうまくいく「カイゼン」の教科書』(吉原靖彦、中経出版)(再掲)

『やさしいQC七つ道具 現場力を伸ばすために リニューアル版』(細谷克也ほか、日本規格協会)

『品質管理検定(QC検定) 4級の手引き』(財団法人日本規格協会)

http://www.jsa.or.jp/kentei/qc/pdf/grade4text_ver2.pdf

 

 

5.販売促進の技法

 

 この章では、第3章で述べましたマーケティング戦略の応用の1つとして、店を構え、あるいはイベントに出店して、商品を販売する際の具体的なテクニックを紹介します。

 なお、「販売促進」と言いましても、ただ数を売るためではなく、あくまで高い工賃を実現するための手段と考えます。「販売促進などすれば忙しくなるだけ」という反論が出るかもしれませんが、目的からきちんと説得してください。

 特に賞味期限のあるなまものなどは、売れ残ってしまえば工賃を捨てることになりますので、販売促進が工賃に結びつくことは容易に理解されると思います。

 

(1)販売員について

    服装など

 イベントの種類などにもよりますが、一般に、福祉施設の指導員がそのまま売りに来たような印象を与えるよりは、「販売員」に相応した外観が望ましいでしょう。

 パンなど食料品を販売する場合は清潔感に留意することは言うまでもありませんが、それ以外であっても、服、帽子、髪、化粧、ひげ、爪、香料などには注意します。

 食料品の場合は、できれば白衣などが望ましいでしょう。白衣は、「工場からできたてを運んできた」という印象を与えることもできます。マスク着用も検討します。

もしユニフォームがあればそれを利用することも考えられます。

食料品以外であれば、フォーマルな服装にエプロンを着用するのが無難です。

 

② 接客など

 接客方法も、出たとこ勝負ではなく、よく検討しておきます。

 特に販売業務に慣れない方は、表情がかたくなったり怖くなったりしがちなので、注意します。

 「声かけ」は、うるさがられる場合もありますので、微妙な問題もありますが、お客さんが明らかに商品に関心を持っている場合、手に取った場合などに声をかけることが考えられます。いずれにせよ明るく、ただしあまり大きな声でない方がよいと思われます。

 商品説明を求められることもありますので、説明できるようにしておきます。

 つり銭、領収書などを確実に用意します。

 

(2)商品の選択について

 

 各施設では、多様な種類の商品をお持ちと思いますが、商品種に比して店が狭い場合や、イベント出店時は、面積に合わせて出品する商品を選択する必要があります。

 この際、次のようなことを考慮します。

 

    利益の観点

 店の維持にも経費がかかりますし、イベント出店にも人件費・交通費がかかりますので、妥当な工賃の原資を得るためにも、しっかり利益(本テキストでは「工賃支払前収支」という概念を使っていますが、よりわかりやすく、「粗利益」で考えてもいいかと思います。)を上げる必要があります。

 限られた出店スペースの中で、最大限の利益を確保するには、占有面積当たりで高い利益を上げられる商品を優先することがまず考えられます。

 なお、売り切れてしまうとチャンスロスになりますので、特に遠隔地であって補充の効かない場所のイベントに出店する場合は、利益率の高い商品は多めに用意します。

 

    顧客層の観点

店やイベント会場の立地から、顧客層を考えます。

例えば、毎月「授産フェア」を開催しているアリオは、札幌駅隣の苗穂駅から徒歩10分ほど、駐車場の整備された大型商業施設です。出店場所はその1階のイベントスペースであり、同じ階には食料品売り場などがあります。また、出店時間は、平日である月曜日・火曜日の日中です。

 このような条件の下、顧客層(性別、年齢、職業、所得階層、地元住民か観光客か、好み、関心など)を想定し、それにマッチした商品を検討してみます。

 

    季節の観点

季節に合った商品を考えます。

例えば、3月上旬であれば、イメージとしては、「春近し」でしょうか? 新学期が近いことから、学用品、進級祝いに贈れる品、などのニーズも想定されます。

 

    マーケティングの観点

イベント出店は、その地域の市民に商品をPRするチャンスです。リピート買い、口コミによって今後の売上につながる商品を、重点的に出品することが考えられます。

 

(3)販売促進の工夫

 

① 事前の周知

 イベントに出店する場合は、ホームページ・ブログなどがあれば、イベント出店することをそこでPRします。イベントの詳細は、主催者のサイトに掲載されることが多いので、そこにリンクすることで紹介できるでしょう。

店をオープンする場合や、自店でイベント等を開催する場合も、少し早めに周知します。

保護者、関係者の方々にも、PRに協力していただくといいでしょう。

 

② AIDMA理論に基づく販売促進の考え方

 店に商品を置いて販売するような場合にも、前述の「AIDMA理論」(→( )ページ)に基づき販売促進策を考えます。

 AIDMAの先頭である「注意(注目)」に関して、店で売る場合での努力としては、店自体を目立ちやすいようにしておくこと、特に売りたい商品は陳列やPOPを工夫するといったことから始まります(なお、店頭ですぐ売れるものであれば、「記憶」は省略します。)。

 

 以下、特に「授産フェア」などのイベントに出店する場合に即して考えてみます。

「注目」を惹くための道具として、遠くから目立つものとして「のぼり」があります。しかしながら、施設名を書いたのぼりでは、販売促進の観点からは効果が薄いといえます。「焼きたてパン」「木工おみやげ品」など、商品カテゴリがわかるものが適当でしょう。

 販売台の前部が、布の余りが垂れているだけになっているところもありますが、もったいないことです。ここにも、商品を示す紙を貼ったりすることができます。特に商品自体が小さくて目立たないものの場合は、拡大写真やイラストをここに貼るといいでしょう。

 商品自体も、「注目」を惹く道具になりえます。例えば、木工品の大きなもの(かつ形が面白いものなど)を、客動線を確認の上、通路から見えやすい位置に置きます。 

 陳列に当たっては、利益率の高い商品を目立ちやすい位置に置くことも考えられますが、大きなもの、積めるものは後方(販売員側)に、小さいものは前方に置くことが基本になるでしょう。平台でしたら、後方の商品を目立たせるために、後方には数センチの高さの台を置くことが考えられます(雛壇のようになります)。

「ボリューム陳列」と言って、同じ商品を多く積んだり並べたりすることによって目立たせることもできます(ただしそれだけ面積を占有することになります。)。

 置き方にも注意が必要です。斜めにした方が見やすいことがあります。そのために、カゴなどの道具を使うことがあります。

 商品とは直接関係なくても、季節の飾りつけなどを行うこともあります。例えば3月でしたら、「桜」、5月でしたら「鯉のぼり」などです(飾りつけ用品は百円均一店などで購入できます。)。

 人は動くものや光るものに注意を引かれることを利用した小道具などを使用することがあります(例えば、点灯するもの、風になびくもの)。

手が空いたら、前方に回って「客の眼」で陳列をチェックしてみます。

 

 以上に加えて、自店を構えるのであれば、看板、(手書き)メッセージボード、店内レイアウト、照明、棚の使い方などもよくよく検討します。同業種の競争が激しい大きな商店街などを見学すると参考になります。

 買い物しやすい、商品を見つけやすいレイアウトというものがあるはずです。自分で店の中を歩いてみて、商品を探しやすいかどうかといったことを試してみます。

 照明も重要な要素です。暗くては買い物にしくいのは当然ですが、例えば、パンの焼きたて感を出すために暖色系の照明が使われていたりします。特に利益率が高い商品にはスポット照明を当てることもあります。

 で販売する場合、商品を置く高さを考えます。一般に、重いもの、大きいものは下に置きます。特に子供・女性・高齢者などがターゲットの商品の場合、手が届く高さに留意すべきです。

 

 さらに「関心」を持たせ、「欲求」を喚起するために、POP等を使います(POPは「注目」を惹くにも有効です。)。ただ商品名を書いただけではアピールできませんので、コトバで説明するもの、例えば原材料、製法、用途、特長などをPOPに書きます。

 パッケージの背面に説明書きがあっても、手にとって裏返して読んでもらえる可能性は低いので、重要なことはPOPで説明します。

値札とPOPを兼ねることもできます。

特に利益率の高い商品などに「☆おすすめ☆」などといったPOPを着けて販促することはよく行われています。

 

POPカードは、百円均一店などにあるカードを利用できます。

特にスーパーマーケット、ドラッグストアなどを観察すると、POPの利用法の参考にできます。

なお、チラシやPOPの作成ソフトは、家電量販店などで数千円で購入できます。

 「手書きPOP」もメッセージ性があります。

 

次は、WORDだけで作ったPOPの例です。猫のイラストもWORDの「クリップアート」を使ったものですので、特殊なソフトや素材集は使用していません。

 


 

 

最後に、「購買」につなげるためには、値札などで価格がわかりやすいこと、手にとってみやすい位置にあることなどが重要でしょう。

 

(4)今後の売上につなげる

 

    リピート買いにつなげる

前述のように、ただ今売れればいいというものではなく、今後のリピート買い、口コミなどにつなげることを考えます。

仮にイベント出店時に買っていただいたとしても、施設名・ブランド名などはほとんど憶えてもらえないと言っていいでしょう。リピート買い等につなげるためには、そうした情報を、記憶以外に残す必要があります。

 そのため、例として、レジ袋に、連絡先やホームページアドレス等を記入したチラシ(あるいはカード)を入れるといったことが考えられます。きちんとしたリーフレットなどでなく、簡単なものであっても効果があります。ただし捨てられないようにする工夫をすべきでしょう。携帯用サイトを有しているなら、QRコードなども記載します。

イベント会場の存する地方に店舗を有しているなら、地図・営業案内などを記載して来店を誘います。

 

    分析する

 売上の内訳として、商品別、時間帯別などを記録しておけば、今後の販売戦略を立てるためのデータになります。単品で売れたか、何と何が組み合わせで売れたか、などもデータがとれれば検討材料になります。

可能であれば、主な顧客層(性別、年齢、家族連れか否か、等)や、お客さんからの質問事項などを記録に残しておけば、商品開発の参考にもなります。

 出店状況は、様々な距離・角度から写真撮影しておき、今後のための検討材料にします。例えば、遠くから見ても目だっていたか否か、POPは適切であったか、商品の位置と売上の関係、などを分析します。

 《この章の参考文献》

『図解 売り場作りと陳列の仕掛け』(永島幸夫、日本実業出版社)

『絵でわかる! POP・チラシ・DMのつくり方見せ方』(永島幸夫、すばる舎)

 

 


《資料編》

資料( )

(「改善提案制度」の様式例・記載例)

提 案 制 度  改 善 提 案(報 告) 書

提案日:    年  月  日

 

提 案

( □品質向上 □時間短縮 □安全衛生 □コストダウン □事務改善 □販売促進 □その他 )

 

現状と、その問題点

 

 

 

 

(書ききれないときは別紙とし、必要に応じ写真・図面等を添付する。以下も同じ。)

このように改善したい(しました)

このような効果が期待できる(生じた)

 

 

 

 

(金額、時間については、計算過程も示す。)

 

提案者

 

所属     

受付No  

氏名

 

受付年月日

        年   月   日

 

 

 

 

評 価

 評 価 者 名

 

 

 

・改善効果

 

 

 

・新規性

 

 

 

・汎用性、応用性

 

 

 

・総合評価

 

 

 

・コメント

 

 

 


提 案 制 度  改 善 提 案(報 告) 書

提案日:  H23年4月1日

 

提 案

( □品質向上 □時間短縮 □安全衛生 □コストダウン 事務改善 □販売促進 □その他 )

・「改善提案(報告)制度」の導入

現状と、その問題点

 当法人は現在、経営の大きな改革を必要としている。その際、決定的に重要なことは、1人1人が日常業務の中で「知恵」を出し、日々の仕事を着実に「改善」してゆくことである。

然るに、当法人には、こうした改善の知恵を経営に反映させるための明確な制度がない。この点で、「改善提案」の制度を整備し活用している一般企業と比較して不利である。

(書ききれないときは別紙とし、必要に応じ写真・図面等を添付する。以下も同じ。)

このように改善したい(しました)

「改善提案(報告)制度」を導入する。

・当法人の利用者、職員(パート含む)、役員の誰もが、自分の業務、及びそれ以外の業務について、改善提案を行うものとする。改善済みの案件の「報告」も可能とする。

・提案(報告)内容は、この様式等により、または口頭により、改善推進担当者に提出する。

・施設長は、原則として、掲示、終礼での発表、回覧などにより提案内容を内部で公表する。また、評価の上、提案を採択すべきものを決定する。

・提案(報告)の内容及び件数に応じ、表彰を行う(ただし、役員は表彰の対象としない)。

このような効果が期待できる(生じた)

・提案(報告)内容により、業務の改善効果が生じ、労働時間短縮、品質向上、財務の向上、工賃向上といった直接的効果が期待できる。

・「知恵」を出す風土が醸成されることにより、モチベーションの向上が期待できる。

 

(金額、時間については、計算過程も示す。)

 

提案者

 

所属     生活支援課

受付No  1

氏名

伊達 直人

受付年月日

     H23年  4月  2日

 

 

 

 

評 価

 評 価 者 名

××係長

○○課長

施設長

・改善効果

・新規性

・汎用性、応用性

・総合評価

・コメント

効果に疑問はあるが、導入にコストはかからないので、取り組む価値はある。

 当施設では、それほどの提案件数があるとは考えにくい(-_-)。

 画期的な提案であり、直ちに実施すべきである(⌒∇⌒)

社会福祉法人 顔文字福祉会


資料( )

(マスコミを活用するプロモーションの例)

 

報道発表資料

新聞・テレビ・ラジオ各社様

 

「××パンお披露目イベント(*^_^*)」の開催について

平成  年  月  日

 

 社会福祉法人顔文字福祉会の運営する障がい者就労支援施設○○園が、○○町の特産である××を活用したパンを開発したことを記念し、「お披露目イベント(*^_^*)」開催いたします。

当法人では障がい者によるパン製造・販売に取り組んできたところでありますが、今回、○○町の産業振興に資する意味を込めて、「××パン」を開発いたしました。

開発にあたっては、町民の皆様からアイデアをいただくとともに、××の生産者である○○組合様の協力を得ました。

今回、「××パン」を広くアピールし、また町民の皆様に感謝の意を表すため、「お披露目イベント」を開催することといたします。

なお、イベント開催にあたっては、○○組合様、○○商工会様、○○駅前商店会様、△▽株式会社様の協力・後援をいただいております。

 

1.日時   月  日(土)

   開始    午前  時  分

   終了    午後  時  分

 

2.場所  ○○公園(雨天時は○○園講堂)

 

3.主なイベント内容 

 ・試食会

    午前 時 分より 

 ・コンサート(○×中学校吹奏楽部・市民コーラスの会)

    午後 時 分より

 ・講演「食の安全と健康管理♪」(○○駅前クリニック主任看護師 ◇◇◇◇様)

午後 時 分より 

・その他、別添チラシをご覧ください。

 

4.備考

・ボランティアが多数参加します。

・記者席を設けます。

・雨天決行します。

 

5.連絡先

 社会福祉法人顔文字福祉会 

 Tel;××-××××

 メール;kaomojifukushikai.m1@cion.ne.jp

 担当;伊達直人

(ホームページにも掲載しています;http://www.kaomojifukushikai.com/news/ivent